私立秀麗華美学園
けれど結局、俺たちはゆうかに会いに行くことができなかった。

連絡が来たのは金曜の夜、病院へのアクセス方法を確かめている時だった。寮の外からの連絡が繋がれて電話に出てみたら、ゆうかの母親、りえさんだった。


「ご無沙汰しております。今ね、病院からなのよ。ついさっき着きまして、ゆうかと面会して来たわ」


りえさんによると、ゆうかの状態はかなり安定していて、会話もできたという。熱は依然高いままだが嘔吐はなく、水分は十分に摂取できているという。合併症の方も落ち着いて、呼吸困難になることはなくなったそうだ。


「よかった……ありがとうございます。明日僕たちも、面会に行こうと思っているので」

「それが……ええ、ありがたいのだけれど、ね」


りえさんが言い淀む。うつるといけないから、と言われたらなんとか説得するつもりだったのだが。


「あのね、ゆうかに言われたのよ。『和人たちには来ないように伝えて』って」

「…………え……!?」


ごめんなさいね、とりえさんが受話器の向こうで謝る。


「せっかくうつってなかったんだから、と言っていたわ。学年末の大きなテストの前ということもあるし。私としてもそうした方が良いと思うの。
それと、見られたくないというようなことも言っていたから、それも大きいんじゃないかしら。何日も寝たきりでいた後に婚約者と対面するのを控えたいというのは、確かに理解のできることだわ」

「そんなこと、今更……」


気にするようなことじゃ、と続けようと思ったのだが、ただ自分が会いたいから押し付けようとしている理屈なのだと気付いてとどまる。


「でも、発症して以来一目も会えていないんです。ずっと心配で。僕だけじゃなく風來さんも」

「ええ、咲ちゃんにも説得を頼まれいて……だけどやっぱり時期柄もあることだし、それにこの週末に、病院を移すことにしたからその準備にも忙しく……」

「移す? どこにですか?」

「うちの近くになりますわ。知り合いが営んでいるところへ。元々の感染も疲労の蓄積が原因じゃないかということで、休養をとるように、あの人が言ってきかなくて」


花嶺の実家の近くということは、ここからは相当な距離になってしまう。
けれどその方がゆうかのためであることは間違いない。近くならばりえさんも真理子さんも気兼ねなく世話に行けるだろうし、淳三郎さんがそう言うのも当然だ。


「そう、ですか」

「お気持ちはありがたいのだけれど、ごめんなさいね本当に。ゆうかに伝えることがあれば、承りますわ」


伝えたいこと、と言われても、人伝てならば特に思いつきもしなかったので、平凡なお見舞いの言葉を告げ、電話を切った。
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