私立秀麗華美学園
「ないな」


断言するなり紙パックのストローをずこーっとすすっているのは進だ。


「……わかってるよ。咲が言ってただけなんだって」

「人には向き不向きがある。女を誘惑するのに、向いてるのが俺で、向いてねえのがお前だ」

「俺に向いてないのは認めるけどお前に向いてるってことには賛同しかねる」

「は? てめえ調子乗んなよ俺は本来なら昼休みは女の子と優雅に食事してんだよ」


焼きそばパン片手に「優雅に」とか言われましてもって感じではあるが、進が「本来の」昼休みの過ごし方を放棄してくれてることについては、返す言葉がない。


「……ま、最近じゃ誘われる回数も減ったけどな」

「猫かぶりってわかっても誘いに来る子がいることの方が不思議だよ俺は」

「それもこれも全てはお前のせいなんだ」

「それはさすがに八つ当たりだろ」

「いやお前のせいだ。全部そうだ。俺が次男なのも兄貴があんなやつなのも全部お前のせいだ」


言わせとこう、と思って教室を見渡す。

今はいないが、幸ちゃんは未だにゆうかの席を使っていた。ここ数日、先生の口から出る「花嶺さん」は幸ちゃんのことで、ゆうかの名前はしばらく聞いていない。
昼休みが始まってすぐ、何人か(の男子)と教室を出て行ったので、食堂にいるのだろう。ここのところの強引さから見れば今日はやけにあっさりしてたな。


暦はもう3月だけど、寒い日が続いていた。そろそろ春めいてくれてもいいんだけどなあ。梅とかもうすぐ咲くのかな。
たくさんの植物が芽を出す春が、ゆうかは好きで、だから俺も春が好きだ。

瞳を煌めかせて、好きな物の話を。隣でしてくれるのなら何時間だって何日だって何年だって付き合うのに。


「さっきの話」


一通り愚痴るのを終えた進がえらく行儀の悪い格好に足を組んだ。


「誘惑に向いてるかどうかは別として、お前が花嶺幸に振り回されなきゃいい話だろ」

「そりゃごもっともでは、ございます」

「そういう手段使ってくんのは正解なんだろうけどな。ゆうかより上なのカップ数ぐらいだろ」

「…………あー……」

「E75と見た」

「あー…………」


上、か。勝ってるところ。上、なあ。


「上……」

「否定できねえだろ」

「いやー、うーん、上っていうかー」

「なんだよ」

「ゆうかであることに意味があるので同じ部分を比べて上とか、思えない、かなー」


幸ちゃんの方が愛嬌があるとか、スタイルが良いとか。事実はそうだろうなってことはわかるけど。
それを「上」だと、思ってはいないということ。


「なんだその顔」

「…………さすがに気持ち悪かった……」

「うるせーな知ってるよ」


そこまで言われるとちょっと恥ずかしくなって、弁当をかきこんだ。真面目に考えて返事するんじゃなかった。


「まあでもそうだな」


片方の口の端を持ち上げて笑う進の視線を追うと、幸ちゃんの席がある。


「今のは俺の失言ってことにしてやってもいい」


この、器用に猫をかぶって不器用に生きてきた口の悪いエセ紳士も。


「照れずにそういうこと言うようになったんだなあ」

「調子乗んなっつってんだろこの粘着男」


雄吾や真二や零さんや。他に逃げ場が全くないってわけじゃない。
そこそこ好き好んでここに来てるってことを、俺も素直に認めなきゃなあと思った。




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