私立秀麗華美学園
「ごめん、幸ちゃん」

「きゃっ」


肩を掴み、思いっきり腕を伸ばして顔を遠ざける。そのままぐるりと右に回転して、体勢を逆転させた。
布団の上ではあるが背中を勢いよく打ちつけ、幸ちゃんが顔を歪める。


「何……」

「ごめん、でも、俺だけはそれを認められないから」


幸ちゃんの顔の横に手をついてのぞき込む。ぎゅっと寄せられた眉と引き結ばれた口。少し不安げな表情を思いやる余裕はなくて、思いつくままに喋る。


「幸せになれない、なんて、そんなことない。俺はゆうかを好きにならなきゃよかったなんて思ったことないし、俺は俺なりの幸せをもらってきた。
人の幸せを自分の尺度で測ったって意味ないよ。
……でも、だからこそ、俺はきちんと周りに伝えていかなきゃいけなくて、そういう立場にいるのを、わかってたつもりだったんだけど……」

「だけどそんなのっ! 和人くんだけじゃない! ひとりがそうでも相手は? ゆうかちゃんは!?」


さっきまでの余裕な態度から一変して、幸ちゃんは必死な形相だ。屈させるのに失敗して戸惑っているみたいに。

ゆうかは? という問いに対して、浮かんできたのは、今まで一度も現実として考えたこともなかったようなこと。それを口に出すのには勇気が要ったが、今、言わなければいけないのだ。


「ゆうかは、ゆうかも、同じだよ。不幸なんかじゃない」

「どうしてそんなことが言えるの」

「だって、ゆうかは…………」


薔薇園で。実家の俺の部屋で。学校の昇降口で。ダイニングルームで。レストランで。
いろんな場面が頭を巡る。四季と一緒に。花々と一緒に。そして貰ってきた言葉。

ゆうかが一生懸命伝えようとしてくれたこと。


「ゆうかは俺を受け入れてくれてる」


そう、でも、それだけじゃなくて。


「ゆうかは俺を、好きになろうとしてくれてるから――」



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