私立秀麗華美学園
その夜は、咲も呼んで俺たちの部屋で夕飯を食べた。初めて幸ちゃんと接触した咲は、「たいして似てない」「ゆうかの方が可愛い」だのとぶつぶつ感想を言っていた。
食器を片づけようと立ち上がった時、部屋の電話が鳴った。ここにかかってくる電話のほとんどは咲からのものだったが、今は目の前に本人がいる。

2人と一瞬視線を交わしてから、俺が受話器を取った。

嬉しいことにもしやと思った予想は当たって、聞こえてきた声はみのるのものだった。


「何度もお電話をいただいていたようで。月城の目があるところではぼっちゃまに連絡することができませんでした。
事情はおよそ把握しております。なんとか内密に持田様と接触することができましたので、ご連絡差し上げた次第です」


舞子様の言い付けを破ったのは初めてです、と母さんの名を出して言う。いつもの柔らかい笑みと忠実な立ち姿を思い出して、少し涙が出そうだった。


「よかった……みのる、信じてた。ありがとう。俺何も言われてなくて、事情っての、よくわかってないけど、みのるは何か指示受けたのか?」

「はい。困惑しましたが、私はぼっちゃまの味方です。
指示ですか。ぼっちゃまとの連絡を絶つように、とは。あとは言葉で言われてはおりませんがゆうか様が学園から離され幸様が転入なさったと聞きましたので、持田様と連絡を取り、察しをつけたというか。
完全に私の独断で、ただいま病院の公衆電話からかけております。
あ、持田様に替わりますね」


早口でいつもよりとりとめのない口調のみのるは、止める間もなく電話口を離れた。


「お電話替わりました、持田です。随分と冷たい連絡を人伝てに差し上げたきりで失礼致しました」


雄吾が出た電話のことだ。真理子さんも心なしか声が上ずっている。


「病室からでしたがその後も監視下にありまして。ようやく今、なんとかそれをかいくぐって部屋を抜け出してきました」

「2人とも、ありがとうございます。大丈夫なんですか?」

「ご心配には及びません。それより」


向こうで、誰かと笑みを交わしたような気配。電話口にかえってきた真理子さんの声は楽しげな含みを持っていた。


「病室から抜け出してきましたのは私だけではございません」


柔らかい空白。一瞬のうちにこみあげてきた期待を現実にする、待ち望んだ声。


「――和人?」




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