私立秀麗華美学園
似てると思っていたけれど、それは幸ちゃんのものとは明らかに違う声だった。
電話越しだからかもしれない。だけどこの先、この声を他の人と聞き間違えることは一生ないだろうと思った。

ずっと聞きたかった声。たった一言で重くのしかかる現実に立ち向かう力をくれる。

10年間、俺が想い続けた人の声だった。


「ゆうか…………」

「……久しぶりね……。よかった。やっと聞けた……」


いろいろ言いたいこと、聞きたいことがあったはずだけど、何も出てこなかった。

考えないようにしていても、どこかで思っていた。二度と会えないかもしれない。
電話越しだけど、会えた。言葉が交わせた。

体中に張りつめていた力が抜けたような感覚に襲われ、ベッドに座りこむ。


「何日経ったんだろう。寝込んでた分もあるから曖昧だわ。和人? 聞いてる? 大丈夫?」

「ゆ、ゆうかこそ大丈夫? 寝込んでたって? 病院にいるんだよな?」

「風邪は本当のことなのよ。たくさん説明したいことはあるんだけど、今はとてもじゃないけど時間がないわ。
幸が転入したことは知ってる。だけどひとつだけ言っておきたいのは、そのあたりのこと、わたしが望んだわけじゃないのよ。姫をやめたくなったとか、そういうことでは絶対にないの」

「よかった……それがずっと気になってた」

「本当だからね?」

「うん」

「和人、勝手に誤解してないか心配で」

「うん……ちょっと前までいろいろどん底だったけど、信じてるよ。ただ、ゆうかの口からそれが聞きたかったんだ」

「わたしも、和人に伝えたくて……」


ぼんやりと「お嬢様」という声が聞こえた。きっと真理子さんだ。監視の目をかいくぐってきたと言っていたし、リミットがあるのだろう。


「もう切らなくちゃいけないみたい」

「わかった。また……」

「和人」


覚悟を決めたような声だった。まっすぐに見つめる美しい瞳が浮かぶ。


「学園を離れてからずっと思ってた。会いたい。会えたらわたし……」


目頭が熱くなる。邪魔をしないように息を潜める。


「和人に言いたいことがある。…………だから、もう少し待ってて!」


言いきると同時にぶっつりと電話が切れた。照れ隠しみたいに乱暴に受話器を置く様子が見えるようだ。

涙は浮かんでいたけど、俺も笑って受話器を置いた。なんだ。やっぱり、信じてた通りだった。
よかった。事態は何も変わってない。それでも。もう何があっても頑張れる。ゆうかとまた一緒にいられるようになるために、そのためになら、何でもできる。


気を遣って離れていてくれたらしい雄吾と咲が、ソファーから顔をのぞかせていた。振り向き笑って見せると、咲がぼろぼろと泣き出した。宥める雄吾も安心した顔で、よかったな、と繰り返してくれる。

ゆうかのことが大事なのは俺だけじゃない。それも忘れちゃいけない。10年間は、俺たちが4人で過ごしてきた期間でもある。
そして心配されていたのもゆうかだけではない。そのことを痛感して、ソファーに駆け寄った。







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