私立秀麗華美学園
その後の数日間が、俺にとっては大きな試練だった。それどころではなかったという言い訳のもと逃げ回っていたが、学生たちに否応なくやってくる試練。学年末テストだ。
結果は案の定散々だったが、直前数日間に詰めた教科だけは赤点を逃れた。このへんは紛れもなく雄吾のおかげだ。
幸ちゃんとの距離は「婚約者のいとこ」との間にあるものとして適切になっていた。最初があれだったので友達と呼べるのは男の子ばかりのようだったが、態度が少しずつ行き過ぎたものではなくなってきたせいか、クラスの女子とも話していることが多くなった。
イギリスでのことを言ってしまうまでは、俺が逃げ場所にしていたせいか接触を控えていたらしい進にも、幸ちゃんは積極的に話しかけるようになっていた。曰く、「単純な見た目は一番タイプ」らしい。
また百合子さんあたりのひんしゅくを買うのではないかと心配だが、幸ちゃんもそのあたりは心得ているらしかったし、もうすぐクラスもかわる。まあ大丈夫だろう。
心配してくれていた槙野さんや零さんにも、詳しいことは省略しながら経過を伝えた。2人共喜んで、これからのことを応援してくれた。
そう、まだ問題は何も、解決していないのだ。言わば、ただ立ち向かう準備ができたというだけ。
テスト返却の後まもなく修了式があり、高等部の2学年は終了した。来年はいよいよ進学のことなども考えなければいけないという話に身の引き締まる思いも少しはしたが、今は目の前の問題で手いっぱいだ。
春休みに突入すればこちらの時間も自由になり、そろそろ家の方から連絡もあるだろうと、雄吾や幸ちゃんと話す中でも確信していた。信じていた、というべきかもしれないが。
それまではとにかく心構えを固めて、自分の意志を表明すること、また、それによる不都合に対し自分にできることは何かということなどを、椿先生のお話を思い出しながら考えていた。
ひとつ気がかりだったのは、あれ以来ゆうかはもちろん、みのるや真理子さんからの連絡も途絶えていたことだった。監視が強化されでもしたのだろうか。2人は立場を危うくなどしていないだろうか。
待ちわびたそれがやってきたのは、春休み数日目の夜だった。雄吾と2人で部屋にいた時に鳴った電話のディスプレイには、何度もプッシュしたため覚えてしまった、みのるの私用の電話番号が表示されていた。
俺にかけることができないはずの番号から。浮かんだ感情の中で最も大きいのは不安だった。
「もしもし」
「ぼっちゃま! 夜分に失礼致します、なにぶん急用なもので。いいですか、落ち着いて聞いてください」
いつも落ち着いた振る舞いのみのるに、息を切らした声で落ち着けと言われてもできるわけがない。
言葉を返す余裕も見つからず、受話器をぎゅっと握り締めた時、あまりにも非情な知らせが告げられた。
「ゆうかお嬢様が、笠井の手の者により誘拐されました」
――――最大の試練が始まるのは、これからだったのだ。
結果は案の定散々だったが、直前数日間に詰めた教科だけは赤点を逃れた。このへんは紛れもなく雄吾のおかげだ。
幸ちゃんとの距離は「婚約者のいとこ」との間にあるものとして適切になっていた。最初があれだったので友達と呼べるのは男の子ばかりのようだったが、態度が少しずつ行き過ぎたものではなくなってきたせいか、クラスの女子とも話していることが多くなった。
イギリスでのことを言ってしまうまでは、俺が逃げ場所にしていたせいか接触を控えていたらしい進にも、幸ちゃんは積極的に話しかけるようになっていた。曰く、「単純な見た目は一番タイプ」らしい。
また百合子さんあたりのひんしゅくを買うのではないかと心配だが、幸ちゃんもそのあたりは心得ているらしかったし、もうすぐクラスもかわる。まあ大丈夫だろう。
心配してくれていた槙野さんや零さんにも、詳しいことは省略しながら経過を伝えた。2人共喜んで、これからのことを応援してくれた。
そう、まだ問題は何も、解決していないのだ。言わば、ただ立ち向かう準備ができたというだけ。
テスト返却の後まもなく修了式があり、高等部の2学年は終了した。来年はいよいよ進学のことなども考えなければいけないという話に身の引き締まる思いも少しはしたが、今は目の前の問題で手いっぱいだ。
春休みに突入すればこちらの時間も自由になり、そろそろ家の方から連絡もあるだろうと、雄吾や幸ちゃんと話す中でも確信していた。信じていた、というべきかもしれないが。
それまではとにかく心構えを固めて、自分の意志を表明すること、また、それによる不都合に対し自分にできることは何かということなどを、椿先生のお話を思い出しながら考えていた。
ひとつ気がかりだったのは、あれ以来ゆうかはもちろん、みのるや真理子さんからの連絡も途絶えていたことだった。監視が強化されでもしたのだろうか。2人は立場を危うくなどしていないだろうか。
待ちわびたそれがやってきたのは、春休み数日目の夜だった。雄吾と2人で部屋にいた時に鳴った電話のディスプレイには、何度もプッシュしたため覚えてしまった、みのるの私用の電話番号が表示されていた。
俺にかけることができないはずの番号から。浮かんだ感情の中で最も大きいのは不安だった。
「もしもし」
「ぼっちゃま! 夜分に失礼致します、なにぶん急用なもので。いいですか、落ち着いて聞いてください」
いつも落ち着いた振る舞いのみのるに、息を切らした声で落ち着けと言われてもできるわけがない。
言葉を返す余裕も見つからず、受話器をぎゅっと握り締めた時、あまりにも非情な知らせが告げられた。
「ゆうかお嬢様が、笠井の手の者により誘拐されました」
――――最大の試練が始まるのは、これからだったのだ。