私立秀麗華美学園
着いたホテルは見覚えのあるところだった。
うちの経営するものには違いない。系列ホテルには何度も泊まったことがあるが、たぶん、ここに来たのは二度目だ。

車を降りて裏口からロビーに入った時、思い出した。前に来たのは小学2年生の時だ。親父に連れられて。上がって行った展望ラウンジには、生意気に脚を組み、アーモンド形の瞳に退屈な色を浮かべた、世界で一番可愛い女の子が座っていた。

ここは、俺がゆうかと初めて出会った場所だ。


またあのラウンジに行くのかと思ったら、B1の応接室というところに案内された。同じ階に人気はなくて、廊下を歩く冷たい音がよく響く。

扉の前に立ち、ホテルマンが行ってしまうのを見送ると、みのるが声をひそめた。


「今、中には宏典様と和哉様しかいらっしゃらないはずです」


母さんはおらず、代わりに兄ちゃんがいる。予想していなかったわけではないが、様々な邪推が頭を巡る。


「私が付き添えるのもここまでです。別室で待機しております。
……ですので、使用人としての仕事は終了。ここからは、村松稔としての独り言です」


扉から一歩離れ、いっそう声を落とす。


「現当主は月城宏典様、そしてその座の後継者が和哉様となろうことは、周囲にも明らかなことです。しかしながら和人様。あなたも月城の一員であり、その発言権は平等に確保されて然るべきものです。
……あなた様に、後悔が残ることだけはありませんよう、お祈り申し上げております」


頭が深々と下げられる。果たして今の俺に、このお辞儀を向けられるだけの価値があるのだろうか。そんなことを考えてしまうほど、立派な姿だった。


「ありがとう。今の言葉、心に留めとく」


そして俺は、自分で応接室の扉を開いた。
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