私立秀麗華美学園
「じじいとは最後までそりが合わんかった。いいとか、悪いとか、そういう話じゃあない。
お前のことは任せっきりにしていたもんだ、雅樹がいろんな意味で手のかかる坊主だった、っちゅうのは言い訳のひとつだな。
敵対してたとは言わんが、まあ、手のひら返したところで信用もへったくれもないしなあ、じじいに要らんこと吹き込まれとらんとも限らん、てことなんか、考えてなかったと言えば嘘になる。

そのあたりの話は、なんだ、父親失格とでもなんとでも言やぁいいが、兎に角、今度のことでお前を蚊帳の外にしてたことには、きちんと格別なわけがある」


なんとなく、物の言い方が進に似ているなと思った。遠回りなのだ。飄々としてとらえどころがないようではあるが、今まで持っていた冷酷なイメージとは、少し違うように感じた。


「お前はどうも昔っから、猫被りばっかりが上手かったらしいな」

「……はあ」

「聞くとこによれば、すけこましばっかり得意で、友人と呼べる間柄のもんが少ないとかな」


さすがにもうちょっと他に言い方があるのでは……と、思ったのは俺だけではないだろう。


「そりゃもちろん環境のせいが大きいだろうし、友人どうのこうので親が口出しするもんじゃあ、ないとしてもだな。いわゆる、他人との信頼関係を、築けないってのは人間として致命的だ。
そこへどうやら、奇跡的に、親しく見えるクラスメイトができたと聞く。大変な成長だ。
要は、こちらとしても同じような腹積もりだった。お前のことを、試してみたんだよ」


進は、俺の方を向かなかった。今振り向けば、目が合ってしまうとわかっていたからなのだろう。

思えば妙な縁だった。最初は恋敵で、ひょんなことから共同戦線を結んで、ゆうかとの間がこじれた時、ピンチをチャンスに変えられたのはこいつの助けのおかげに他ならない。
そっからなんやかんや喧嘩友達みたいな関係になって、最後まで俺は助けられた。


「正直なところ、安心した」


試された結果、がわかる一言。進にとってはきっと、父親の心が少しでも自分に向けられていたという、その事実さえ驚くべきことだったはずだ。
次に発されたのは、涙声、といってもよかった。


「一度、家を、裏切りました……」

「反抗期ぐらいあるもんだろう。こいつの時のそれと比べたら」


雅樹の方にちらりと視線をやる。やつは一言も発してはいなかったが、やりとりを聞く態度は、見ていて気分の悪いようなものではなかった。


「うちに息子は、2人だからな」


まるで、「ただいま」とでも言うように。
埋められ始めた溝の向こう側に立つ父親と兄貴に向かって、進は頭を下げた。
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