私立秀麗華美学園
「確かにあんまり小さい時の記憶ってないけど……最初にラウンジで会った時に、親父たちが父親同士で喋ってる間、ゆうかがすげーつまんなそうにしてたのは覚えてる……」

「いや、あれは緊張してたんだろう。確かにお前たち、ろくに会話できてなかったよなあ。それでよくそこまで好きになったもんだ。あっはっは」

「だってあんなに可愛かったし」

「あらあ、じゃあ和人は、ゆうかちゃんのこと顔で好きになったわけね?」

「……さっ、最初はそうだったかもしれないけど……いや、でも、小学2年生がそれだけで、首ったけになるかな……」

「私から見たってゆうかちゃんはあの頃から、可愛い女の子だったよ。でもそれだけじゃない。いかにも難攻不落だったんだ。どこがどうとは言えないがな。他にも出会いはいろいろあったさ。そんな中で初恋の相手にあの子を選んだんだから、こいつもなかなかやるじゃないかと、正直言えばそう思ったよ」


そんな話を聞いたのは初めてだった。わざわざ手に入りそうもない女の子を……。婚約者、みたいな形でゆうかとセットにされた時点で、俺はある意味その子を手に入れていたのだ。そんな自覚もないままに。
だけど今は……本当の意味で? 手に入れた、なんて、言ってしまっていいんだろうか。
例え結婚したとしたって、俺にとってゆうかは一生、高嶺の花だ。


「だけど確かに、一目で恋に落ちたのは、和人だけじゃなかったのよね」

「え? どういうこと?」

「花嶺さんとの会食で、私が連れていったのがお前だけだったのはなぜか覚えてるか? 同い年だからということはもちろんあったが、和哉や和音は舞子と共に風邪をひいていたんだ。お前だけが無事だったからひとり連れていったんだが、そうじゃなければ和音や……和哉もお前と同じタイミングでゆうかちゃんに会ってたんだ」

「そうしたら一体どうなっていたかしらねえ……後日、和人と仲良くさせることに決まった女の子よ、ってゆうかちゃんを和哉に紹介した時の、あの子の顔といったら……」

「いやいやちょっと待って、その頃兄ちゃんは……高校生だろ!? さすがに……いやいやいやいや」

「だけどわからないわよ。今だっていい年して、女子高生のゆうかちゃんにメロメロじゃない。あの子は昔から可愛い生き物が好きなのよ」

「ああ……牛とかな」


牛の話で母さんは長いこと笑っていた。兄ちゃんが農学部に行ったことは両親にとっても永遠の謎らしい。結局、ひとが何かを好きになることを理屈で説明するのは難しいということなのだろうか。


「その上でいろんなところに留学に行ってたけど、行き先に田舎を選ぶわりには農業学んで帰ってくるわけでもないのよね。ただ語学だけ達者になって帰ってくるの」

「根が真面目で、変な意味でエリート体質なんだろうな。親の私たちにもよくわかってないことを、那美さんは結構よく理解してくれてるみたいでね。いいお嫁さんをもらったじゃないか」


それから、もうひとつ親父は衝撃的なことを言った。りえさんが俺に課したしきたりの話に、月城側が乗っかるにあたって、俺とのやりとり係に兄ちゃんを選んだのは、何も親父が忙しかったからだけではないらしい。月城の代表として、兄ちゃんの対応を見るという思惑もあったのだそうだ。


「これと言った不満もないが、まあまだちょっと身内に甘いな。和哉は表情を作るのは上手いが、言葉選びにこだわりすぎて、本当に見せるべきものを見せることが下手だしなあ」


那美さんが深く共感しそうなことを言って朗らかに笑う親父が、実は一番油断できない人であることを、改めて痛感したのだった。
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