私立秀麗華美学園
「あのね、昨日一日笠井といて、だけどやっぱり、ちゃんと和人のこと思い出してたよ」


ゆうかが再び手すりに身をもたせかけたので、俺も隣に並ぶ。いつの間にか船の中にはあかりが灯っていて中央のテーブルには軽食が並んでいた。主役のふたりを、色取り取りの服装をした若い人たちが囲んでいる。にぎやかな光景は、幻想的にぼやけて見えた。


「ショッピングしてて、これは和人に似合いそうだなって思ったり、食事中、そういえば和人はこれ嫌いだったなって思ったり。隣にいなくても思い出すものなのね。笠井といて、喋って、とても楽しかった。それでもいろんな隙間から和人は入り込んできた。たぶん、和人のいない生活なんて考えられない。
ただ長いから、ってだけじゃなくて、ね…………かけがえない、って思ってる。今のわたしがいるのは和人のおかげ。気付かずに受け取ってきたものがたくさんあると思う。絶対わたしの傍にいてくれる人がいる、いつでも受け止めてくれる、安心感。物心ついた頃からわたしは、どんな時も、一人じゃなかった。
それがあたり前のことじゃないってわかって……今、わたしが思ってるのはね」


手すりの上に置いた手に、手が重なる。この一ヶ月ですっかり、知った温度の手のひら。これからずっと、離さないもの。


「今度はわたしがあげる番。和人に、そういう安心感を。10年貰い続けてきて、でもわたしはきっとこれからも貰っていくわけだから、対等になるためには、わたしは、和人以上の気持ちでお返ししなきゃ。
だから……覚悟しててね」

「覚、悟?」


言葉はなくて、重ねた手が返事をする。楽しそうに、ゆうかは笑っていた。どんな覚悟だろう。わからないから、いろんな覚悟をしておこう。でも、ゆうかかが隣で笑ってる間は、怖いものなんか、ないからなあ。


周りが薄闇に包まれていく中、俺たちは手を繋いで同じ方向を向いていた。

一歩進んだ証か、それとも一夜限りの魔法か。
いつもの小悪魔は息を潜めて、そこには天使の笑顔があった。












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