ストロベリー・バレンタイン
「…どうしてここにいるんだよ、樹兄さん」

 パンケーキを食べ終わり、食後のストロベリーティーを飲んでから店を出ると、急に誰かが後ろから声をかけてきた。

 振り向くと、そこには小学校3~4年生くらいの、美しい顔立ちの男の子が立っていた。

(そう)?」

 颯と呼ばれた活発そうな男の子は、樹君を見ながら驚いた表情を見せている。

「今日、兄さんが店に来る日だったっけ?…誰その人、もしかして彼女?」

 表情豊かなその男の子は、外見だけは樹君にとてもよく似ており、彼をそのまま小さくしたかの様に見える。

 颯君は私の顔を、じっと見つめた。

「あ!『ドジおとめ』だ!懐かしい!!…どうしてあんたが兄さんと?!」


 …………?!!


 …………今、この男の子にも『ドジおとめ』って呼ばれた?!


 樹君は、颯君の頭をこつんと叩いた。


「俺の彼女にお前がそういう態度を取る事は、許さない」


 …………『俺の彼女』。


 …………嬉しい!!



「へ?彼女…?」



「苺を『ドジおとめ』って呼んでいいのは、俺だけだから。後から店に行くから、お前は先に行ってて」

 颯君は少しすねた様に、口を尖らせながら頷いた。

「わかったよ。…兄さんの呼び方が移っただけじゃん。…ねえ苺、僕の事覚えてない?」


 颯君は明るく笑いながら悪びれもせず、私にまた声をかけた。


 私は颯君の顔をちゃんと見て、急に思い出した。



 …………あ!



「思い出した!花火大会で…」



 高校一年生の夏。


 家族とはぐれていた颯君を、迷子センターに連れて行ったっけ。



 まさか、颯君が樹君の弟だったなんて!



「あの時苺は、一緒になってますます迷って、やっと迷子センターに保護された僕に『いちご飴』買ってくれたんだ」



「…………!」



 うわ、恥ずかしい。



「その、ごめんね颯君…………私、すごく方向音痴で」


 颯君、2年以上経ったからすっかり大きくなっちゃって、全然分からなかった!


「ううん。あの時はありがと!僕、苺のお陰で結構楽しかった」


 樹君は私に、白状するようにこう言った。


「『苺』っていう名前は珍しいから、すぐにそれが君の事だって分かったんだ。…俺も花火大会の会場にいたんだけど、迷子センターでは入れ違いになって苺に会えなくて」


「…………そうだったの」


「ちゃんと苺にお礼言いそびれてて…ごめん」


 私は首を横に振った。


「ううん!そんな事!私、何もできなかったから」



 あ、そうか。



「だから私が、方向音痴なのを知ってたの?」




「…ずっと見てればそのくらい、わかるよ」



 …今。



「あの時はありがとう、苺。颯がお世話になって」



 一瞬だけど、樹君が、

 …笑ってくれた…?



「…………ううん」



 その笑顔の美しさに、

 もう少しで、引き寄せられそうだった。











 
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