お見合い夫婦の結婚事情~カタブツ副社長に独占欲全開で所望されています~
 そんなことを考えながら真帆は自分を丸ごと包んでもまだ余りある逞しい背中に恐る恐る手をまわして彼のシャツをぎゅっと掴む。
 そうしていないととてもじゃないけれど立っていられない。
 やがて唇の温もりがゆっくりと離れてゆく。それを心の底から名残惜しく思いながら、目を開けると情欲の炎を灯した蓮の瞳が至近距離にあった。

「あ…」

 つやつやと濡れた真帆の唇から掠れた声が漏れる。それに誘われるようにもう一度蓮の唇が近づこうとするけれど、ふすまの向こうでがしゃんと食器の割れる音がして、ぴたりと止まった。

「ごめんなさいねぇ~!」

 客に粗相を詫びる少し間の抜けたような女将の声を聞いて、蓮が小さくため息を吐いて目を閉じる。コツンと互いのひたいを合わせてから開かれた茶色い瞳からはあの炎は消えていた。
 そのことに真帆は大きく安堵する。
 あの炎が彼に灯っている限りは自分はそれを求めてしまうだろう。ここがどこで、自分たちがどういう立場なのか、何もかもを忘れて。そんなふうになることが良いこととはどうしても思えないというのに。

「…家まで送るよ」

 ふわりと微笑んで蓮が囁いた。
 
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