お見合い夫婦の結婚事情~カタブツ副社長に独占欲全開で所望されています~
「だめだ、しばらくはこのままでいろ。火傷を甘くみたら後でひどくなるぞ」

 低い声が耳元で聞こえて真帆の鼓動が急に速度をあげてゆく。手を引こうにも強い力で抑えられて動かせない。
 よく見ると彼の上等のスーツの袖も濡れている。とっさのことで腕まくりをできなかったからだ。
 真帆の胸が熱くなった。

『部下に慕われる上司の顔と不必要に不機嫌な上司の顔…いったいどちらが彼の本当の顔なのだろう?』

 ここ最近、真帆を悩ませていた問題の答えが出たような気がした。
 真帆が体の力を抜いて素直に手を冷やしていることを確認すると蓮がゆっくりと離れた。

「…15分はそのままだぞ。わかったな」

 ぶっきらぼうに言って、一旦副社長室へ行くと来客に何か言っているようだった。そして再び戻ると自らコーヒーを入れ直している。
 その姿をじっと見つめるうちに真帆は自分の中に積もっていたあの不満が消えてゆくのを感じていた。
 
「…痛むようなら、半休を取って病院へ行きなさい。…跡が残らないように」

 再びぶっきらぼうに言ってスーツの背中はドアの向こうへ消えていった。

 蓮の適切な処置のお陰でコーヒーがかかった手はひどい火傷にはならず、跡も残らなかった。なぜかはわからないけれど、真帆はそれを少しだけ寂しいと思った。
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