優しい三途の川の渡り方
「……クラブだ」
はらりと緊張の手からトランプが滑る。そのままナガトの目に視線を移すと、安堵した様子で、カードを見つめていた。
そして私も、自分の心がわかった。
「ナガト!いこう!」
笑って駆け出した。荷物をその場に捨てて、私は駆け出す。楽しくなって、私は靴までもその場に捨てた。
素足に近い、ストッキングで地を感じた。
大きく息を吸って、酸素を取り込む。
星が輝きを放ち始めた夜空は、果てしなく美しかった。
「ちょ、どこ行くんだよ」
私は堤防を駆け上り、橋の歩道をクルクルと回りながら進んだ。
すぐ隣で走る車は、徐々に数を減らしてきている。
私はその橋の丁度真ん中で足を止め、振り向いた。
「ナガト、本当にありがとう」
私は高い手すりに手をかけた。グンっと力を入れ、足を上げる。
誰も触れることの無いそれは、白く汚れていて、あらゆる所についた。
「は!? なにしてんだよ! クラブが出たじゃねぇか!」
ナガトは理解できないといった顔色で、私の足を掴んで降ろそうとする。
それでも、一向に私は降りなかった。触れられないナガトに、為す術はなかった。
「私ね、クラブのキングが出た時、心のどこかでショックを受けたの。
一瞬だけど、嫌だって。きっと、それが私の本心なんだ」
私は立ち上がった。目の前に広がるのは、どこまでも伸びる大きな川。
ちらちらと家の明かりが灯りだし、幻想的な夜景が映る。
「私はちゃんと、私の心を大切にできる人間になれたよ。だからナガトも、『それでいいんだ』って、私を認めて、受け入れて……欲しい……」
何故かじんわりと目頭が熱くなる。涙が零れ落ちた。溢れて止まらなかった。
少しでも動けば落ちてしまいそうなこの場所で、涙を振り払うことも無く、風に乗って雫が川に落ちた。
ナガトは、最期まで諦めてはいなかったんだろう。こんな私でも、生きて欲しいと願ってくれたのだろう。
でも、ナガトはナガトで、私は私だと教えてくれたのはナガトだから。きっとそれは、彼が一番よくわかってる。
ナガトは、小さく息を吐いた。
空を眺め、手を使うこともなく、私のいる高さまで難なく浮かぶ。目の前で飛んでいる彼は、私と同じく、今にも消えてしまいそうだった。
「いいよ、有利。一緒に逝こう」
微笑みながら、ナガトは私に手を伸ばす。
その手に導かれるように、私は彼に手を伸ばした。
───ああ、幸せだ。
初めて触れた手の温もりは、私の魂を救ってくれた。
どこまでも温かく、そして優しかった。
【完】