優しい三途の川の渡り方
丁度胸の辺りまでの長さになった髪を、もう一人の女性が優しく洗う。

適温のシャワーとマッサージのような手つきに、思わず眠りの世界へ溶かされそうになる。

そんな私を現実に繋ぎ止めたのは、やはり職業病の会話だった。

いや、きっと彼女だって私と話したくはないはずだ。でも話せと教わったのか、それが所謂(いわゆる)『普通』なのか。

彼女の引き出しからは、様々な類の話を出してくる。

でもさっきの会話を聞いていたのか、決して私の行き先には触れない。私の事情に入り込まない。

上手く(かわ)して、そのまま排水溝(ゴール)に流れる。

賢い人だ。礼儀なのか、一般常識なのか、客と店員の間に引かれた絶対的な線なのか。

ただ私たちは、どうでもいい話を無理矢理盛り上げて、その時間を終わらせた。


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