消女ラプラス
あまりにもスケールの大きな話に、頭が付いていかなかった。
「つまり……その存在が『神様』……?」
僕が沈黙を破ると同時に画面の異様な光景は一瞬で消え、真っ白な空間にメイがいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「さあ? どうなんでしょうね」
「どうって……今お前が言ったんじゃないか」
「私はただ、ピエール=シモン・ラプラスが提唱した『ラプラスの悪魔』の説明をしただけです。本当にそんな超越的な存在がいるとは言っていません。それに――」
メイは、画面越しに僕を覗き込んだ。
「ご主人様は、今の話を聞いてその存在が本当に『神様』だと思いましたか?」
「それは……」
少し考えた後、僕は答える。
「違う、かも。そんな想像を超えた恐ろしい能力を持つ存在は……神様というよりは悪魔だろうな」
全ての未来を掌握する。それはきっと、漫画やアニメに出てくるあらゆる異能の頂点に立つ最強の力だ。
そんな力を持つ存在がもし実在するならば、それは人類にとっての脅威に他ならない。
その答えを聞いて、メイは黙って僕を見つめた。
「そうですよね……やっぱりそんな存在は悪魔だと思いますよね」
「どうしたの? 何でそんな顔をするんだ?」
「いえ何でもありません。私が話せることはここまでです」
「待ってよ! その話とこの暗号に何の関係があるんだ? 他にヒントはないのか?」
今の話だけでは、暗号との関係性がさっぱり分からない。
だが彼女の返答は素っ気なかった。
「ただでさえ禁則事項を破ってここまで説明してあげたんです。これ以上AIに頼っていると、ご主人様のただでさえ小さい脳が更に委縮してしまいますよ?」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだよ! このままじゃずっとここで立ち往生だ」
「だったらすぐに回れ右して帰ればいいんじゃないですか? バカバカしい『目的』なんか忘れて」
「もういい、ご忠告どうも!」
僕は腹立ち紛れにライプラリの電源を切って乱暴にポケットに突っ込んだ。
さり気なく『目的』を把握され、それでも尚僕にヒントを与えた彼女が腹立たしかった。
『どうせ貴方にはこの先へは進めない』……そう言われている気がしたのだ。
冗談じゃない。最後までAIやら『神様』にバカにされたままで終わってたまるか。
先ほどの説明を思い出しながら、僕は暗号に向き合う。
よく考えると、メイが話した情報は国家機密レベルの内容かもしれなかった。
この世界を統括する未来視の神様。生き物か概念かすら分からない万物の頂点。
そんな存在がどうやって未来予知をしているのか、そのメカニズムが世間に公表されたことは一度もなかったのだ。
あらゆる未来を予知する全知全能の存在――『ラプラス』。
大切なのは、ラプラスにとって僕が『どんな名前』なのかということ。
「ラプラスは神様」
僕は呟きながら壁をなぞる。
「だけどその由来は悪魔」
不思議と頭が冷えていく。
何の根拠もないのに、僕にならきっと『神様』の気持ちが分かる――そんな気がした。
一度整理してみよう。
僕は『神様』のお告げに逆らって時雨さんに告白した。そしてその挙句、人間にとって最大の禁忌まで犯そうとしている。
神への反逆者。そう解釈すれば僕は『悪魔』と言える。
だけど『神様』の由来は『ラプラスの悪魔』だ。
だとすれば僕は『悪魔』に抗う者ということになる。
悪魔の敵は誰だ? もしかして僕が神様なのか?
いや違う。僕はそんな強大で唯一無二の存在なんかじゃない。
もっと神様に仕える様な、そんな何か適切な存在が相応しい。
僕はもう一度壁に刻まれた文字をなぞり――瞬間、視界が眩んで鮮烈な光と共に弾け飛んだ。
『――忘れないで』
「つまり……その存在が『神様』……?」
僕が沈黙を破ると同時に画面の異様な光景は一瞬で消え、真っ白な空間にメイがいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「さあ? どうなんでしょうね」
「どうって……今お前が言ったんじゃないか」
「私はただ、ピエール=シモン・ラプラスが提唱した『ラプラスの悪魔』の説明をしただけです。本当にそんな超越的な存在がいるとは言っていません。それに――」
メイは、画面越しに僕を覗き込んだ。
「ご主人様は、今の話を聞いてその存在が本当に『神様』だと思いましたか?」
「それは……」
少し考えた後、僕は答える。
「違う、かも。そんな想像を超えた恐ろしい能力を持つ存在は……神様というよりは悪魔だろうな」
全ての未来を掌握する。それはきっと、漫画やアニメに出てくるあらゆる異能の頂点に立つ最強の力だ。
そんな力を持つ存在がもし実在するならば、それは人類にとっての脅威に他ならない。
その答えを聞いて、メイは黙って僕を見つめた。
「そうですよね……やっぱりそんな存在は悪魔だと思いますよね」
「どうしたの? 何でそんな顔をするんだ?」
「いえ何でもありません。私が話せることはここまでです」
「待ってよ! その話とこの暗号に何の関係があるんだ? 他にヒントはないのか?」
今の話だけでは、暗号との関係性がさっぱり分からない。
だが彼女の返答は素っ気なかった。
「ただでさえ禁則事項を破ってここまで説明してあげたんです。これ以上AIに頼っていると、ご主人様のただでさえ小さい脳が更に委縮してしまいますよ?」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだよ! このままじゃずっとここで立ち往生だ」
「だったらすぐに回れ右して帰ればいいんじゃないですか? バカバカしい『目的』なんか忘れて」
「もういい、ご忠告どうも!」
僕は腹立ち紛れにライプラリの電源を切って乱暴にポケットに突っ込んだ。
さり気なく『目的』を把握され、それでも尚僕にヒントを与えた彼女が腹立たしかった。
『どうせ貴方にはこの先へは進めない』……そう言われている気がしたのだ。
冗談じゃない。最後までAIやら『神様』にバカにされたままで終わってたまるか。
先ほどの説明を思い出しながら、僕は暗号に向き合う。
よく考えると、メイが話した情報は国家機密レベルの内容かもしれなかった。
この世界を統括する未来視の神様。生き物か概念かすら分からない万物の頂点。
そんな存在がどうやって未来予知をしているのか、そのメカニズムが世間に公表されたことは一度もなかったのだ。
あらゆる未来を予知する全知全能の存在――『ラプラス』。
大切なのは、ラプラスにとって僕が『どんな名前』なのかということ。
「ラプラスは神様」
僕は呟きながら壁をなぞる。
「だけどその由来は悪魔」
不思議と頭が冷えていく。
何の根拠もないのに、僕にならきっと『神様』の気持ちが分かる――そんな気がした。
一度整理してみよう。
僕は『神様』のお告げに逆らって時雨さんに告白した。そしてその挙句、人間にとって最大の禁忌まで犯そうとしている。
神への反逆者。そう解釈すれば僕は『悪魔』と言える。
だけど『神様』の由来は『ラプラスの悪魔』だ。
だとすれば僕は『悪魔』に抗う者ということになる。
悪魔の敵は誰だ? もしかして僕が神様なのか?
いや違う。僕はそんな強大で唯一無二の存在なんかじゃない。
もっと神様に仕える様な、そんな何か適切な存在が相応しい。
僕はもう一度壁に刻まれた文字をなぞり――瞬間、視界が眩んで鮮烈な光と共に弾け飛んだ。
『――忘れないで』