消女ラプラス
工場から離れた後、僕とラプラスはすっかり暗くなった街を歩き続けた。
目的地はラプラスが教えてくれた。どうやら予知によると、そこに行けば代行者勢力からしばらくの間は逃げ切れるらしい。
やがてその場所に着くと、ラプラスは穏やかな表情で目の前の光景を見つめた。
「ラプラス、目的地ってここ?」
「そうだよ。ここの近くにたまたま流されてきたボートがあって、それを漕いで南に向かうと島があるの。そこに行くと私たちを助けてくれる人物がいるって、そう予知が教えてくれた」
「そんなことまで予知出来るのか……」
改めて『神様』の力に慄きつつ、僕らは砂浜を歩いた。
歩いている間、ラプラスはとても嬉しそうだった。
彼女が現実世界の海に行ったのは幼い頃、姉のアリアと行った一回きりだからその気持ちはよく分かる。
やがて彼女は地平線を照らす満月を見つめると、少し遅れて進む僕を振り返った。
「ねえ始君」
「どうしたの?」
「私、ずっと考えていたの。始君の言う通り『正しく消える』にはどうすればいいんだろうって。私の力は人を、世界を狂わせる。そんな私が平穏な日常に消えることなんて本当に出来るのかなって……いつも不安で胸が潰れそうになるの」
僕は彼女に近づくと、耳元のインカムに手を添えた。
「……始君?」
「残念だけど、僕がこの世界と戦うには君の力が必要だ。君を守るには、そして君を消してあげる為には僕の力はあまりに弱すぎる。だけどもし、僕たちが無事に消える日を迎えることが出来た時には――僕がこの手でそのインカムを外す」
「その時、君は本当の意味で『消女』になる――約束するよ」
ラプラスは数秒の間、僕の顔をジッと見つめていたが――急にポッ、と顔を赤らめて慌てて視線を逸らした。
「ど、どうしたの? 僕、もしかして何か変なこと言った⁉」
「そ、そんなことないよ! ただこの手でインカムを外す、って言うのが何だかプロポーズみたいで恥ずかしくて――」
「ど、どの辺が⁉ それを言うなら、廃工場でラプラスが僕に指輪を嵌めた時の方がまんまプロポーズだろ!」
「ああそうだった! 私は何てことをしちゃったんだろう!」
羞恥のあまり身悶えるラプラスを見て、僕は恥ずかしさを通り越して呆れてしまった。
この調子だと、さっき僕に告白も同然のセリフを言ったことなんて忘れてるんだろうなあ――
「……あのーお二人とも、ずっとライプラリの電源が入りっぱなしになってることを忘れてませんか?」
「メ、メイ⁉ お前またそうやって人のプライバシーを……!」
「今回に関しては不可抗力じゃないですか! まあもっとも、若いお二人の行く末がどうなっていくのかには超絶興味がありますけどね。だから仕方ありません、それを見届ける為にこの高性能AIもしっかりお供しますよ」
「何だかこの先凄く嫌な予感しかしない……」
とは言え、今回の戦いでメイが何度も役に立ってくれたのは事実だ。きっとまた、この七面倒臭いAIの力を借りる時が来るかもしれない。
「あ! あったよ、ボートだ!」
その時、ラプラスが前方を指差して歓声を上げた。
砂浜の目立たない浅瀬で横転していたボートは新しく、おまけにオールまでちゃんと入っている。
「……本当に神の力って何でもアリだな。ご都合主義にも程があるよ」
「有力な逃走ルートは他にもニ十通り以上あるよ。世界全体のあらゆる事象を予知できる私からすればこれくらい朝飯前よ」
ドヤ顔を浮かべるラプラスに、複雑な心境を覚えつつも僕は一瞬だけ『ソロモン・リング』を起動して大きなボートを起こした。これくらい立派なら沈没する心配はないだろう。
二人で乗り込んでオールを漕ぐと、ボートはゆっくりと砂浜を離れて行く。
まるで自由へ向かって飛び立つ翼なき天使の様に。
ボートはどんどん満月へ向かって進んでいき、やがて地平線の彼方へ吸い込まれていって――
僕たちはそのまま海の彼方へと消えていった。
二人の少年と少女が『正しく』消える為の戦い――これがその最初の『消滅』だ。
(終)
目的地はラプラスが教えてくれた。どうやら予知によると、そこに行けば代行者勢力からしばらくの間は逃げ切れるらしい。
やがてその場所に着くと、ラプラスは穏やかな表情で目の前の光景を見つめた。
「ラプラス、目的地ってここ?」
「そうだよ。ここの近くにたまたま流されてきたボートがあって、それを漕いで南に向かうと島があるの。そこに行くと私たちを助けてくれる人物がいるって、そう予知が教えてくれた」
「そんなことまで予知出来るのか……」
改めて『神様』の力に慄きつつ、僕らは砂浜を歩いた。
歩いている間、ラプラスはとても嬉しそうだった。
彼女が現実世界の海に行ったのは幼い頃、姉のアリアと行った一回きりだからその気持ちはよく分かる。
やがて彼女は地平線を照らす満月を見つめると、少し遅れて進む僕を振り返った。
「ねえ始君」
「どうしたの?」
「私、ずっと考えていたの。始君の言う通り『正しく消える』にはどうすればいいんだろうって。私の力は人を、世界を狂わせる。そんな私が平穏な日常に消えることなんて本当に出来るのかなって……いつも不安で胸が潰れそうになるの」
僕は彼女に近づくと、耳元のインカムに手を添えた。
「……始君?」
「残念だけど、僕がこの世界と戦うには君の力が必要だ。君を守るには、そして君を消してあげる為には僕の力はあまりに弱すぎる。だけどもし、僕たちが無事に消える日を迎えることが出来た時には――僕がこの手でそのインカムを外す」
「その時、君は本当の意味で『消女』になる――約束するよ」
ラプラスは数秒の間、僕の顔をジッと見つめていたが――急にポッ、と顔を赤らめて慌てて視線を逸らした。
「ど、どうしたの? 僕、もしかして何か変なこと言った⁉」
「そ、そんなことないよ! ただこの手でインカムを外す、って言うのが何だかプロポーズみたいで恥ずかしくて――」
「ど、どの辺が⁉ それを言うなら、廃工場でラプラスが僕に指輪を嵌めた時の方がまんまプロポーズだろ!」
「ああそうだった! 私は何てことをしちゃったんだろう!」
羞恥のあまり身悶えるラプラスを見て、僕は恥ずかしさを通り越して呆れてしまった。
この調子だと、さっき僕に告白も同然のセリフを言ったことなんて忘れてるんだろうなあ――
「……あのーお二人とも、ずっとライプラリの電源が入りっぱなしになってることを忘れてませんか?」
「メ、メイ⁉ お前またそうやって人のプライバシーを……!」
「今回に関しては不可抗力じゃないですか! まあもっとも、若いお二人の行く末がどうなっていくのかには超絶興味がありますけどね。だから仕方ありません、それを見届ける為にこの高性能AIもしっかりお供しますよ」
「何だかこの先凄く嫌な予感しかしない……」
とは言え、今回の戦いでメイが何度も役に立ってくれたのは事実だ。きっとまた、この七面倒臭いAIの力を借りる時が来るかもしれない。
「あ! あったよ、ボートだ!」
その時、ラプラスが前方を指差して歓声を上げた。
砂浜の目立たない浅瀬で横転していたボートは新しく、おまけにオールまでちゃんと入っている。
「……本当に神の力って何でもアリだな。ご都合主義にも程があるよ」
「有力な逃走ルートは他にもニ十通り以上あるよ。世界全体のあらゆる事象を予知できる私からすればこれくらい朝飯前よ」
ドヤ顔を浮かべるラプラスに、複雑な心境を覚えつつも僕は一瞬だけ『ソロモン・リング』を起動して大きなボートを起こした。これくらい立派なら沈没する心配はないだろう。
二人で乗り込んでオールを漕ぐと、ボートはゆっくりと砂浜を離れて行く。
まるで自由へ向かって飛び立つ翼なき天使の様に。
ボートはどんどん満月へ向かって進んでいき、やがて地平線の彼方へ吸い込まれていって――
僕たちはそのまま海の彼方へと消えていった。
二人の少年と少女が『正しく』消える為の戦い――これがその最初の『消滅』だ。
(終)