消女ラプラス
僕はその問いかけに、彼女が言葉を詰まらせると思っていた。
幼い頃からずっと幽閉され、全てを奪われて生きてきた彼女はもはや己の意思を持っていないのではないかと……そう思い込んでいた。
しかし彼女の答えは――
「うん。私は心の底から消えたいと願っているよ」
僕の問いかけを予知していた様に、彼女は微笑みながら即答した。
「それはずっと昔、自分の力を知った時から決めていたこと。私は確かに貴方と歳は変わらないけど……でも考える時間だけは誰よりもあった。今の私は長い間考え抜いた末にここにいる」
そして、ラプラスは少し挑むような目で僕を見た。
「だから、貴方に余計な心配をされる筋合いはありません」
「どうしてそこまで……」
「貴方には永遠に分からないでしょう」
ラプラスは僕と己との距離を誇示するように背を向ける。
「どんな人間にも生まれつき使命がある。未来は最初から決まっていて、私の様な特別な人間を除けばそれを変えることは出来ない。その私ですら、結局は運命の糸に縛られている。――今夜、自殺する為にこのタワーへやって来た貴方も同様に、ね」
「…………」
「どうしたんです? 機械に繋がれた可哀そうな女の子を見て気が変わりましたか? 貴方の決意はその程度のもの?」
彼女は、白皙した細い指で左手の壁を指した。つられて振り返ると、そこには関係者入口と同じ型のドアが見える。
「もう充分ですよ。下界の人間と口喧嘩したのなんて十年ぶり。消えたい者同士……短い間だったけど、お話できて楽しかった。貴方の持っているスペアキーであのドアから電波塔部分外部に出られます。後は貴方の意思次第です」
ユグド・タワーの一番頂上へ行ける。
数分前の僕なら歓喜していただろう。
でも、なぜか僕の足は床に張り付いて離れてくれない。
「僕は今夜死ぬつもりだった」
迷った末、僕は背を向けたまま言った。
「知ってるよ。私は神様だもの」
「そうだ。僕は世界一高いタワーから飛び降りて自殺するつもりだった……だけど、死ぬ前にこの世界の『神様』に出会ってしまった」
僕は振り向いて、彼女の青い目を見つめる。
「僕は神様がもっと超常的で強大で、全知全能の存在だと信じて疑わなかった。だけど現実は……神様はただのか弱い女の子だった」
「それが今、貴方が躊躇っている理由?」
ラプラスは挑発にも臆することなく僕を見返しながら告げた。
「それとも、単にまた私と口喧嘩がしたいだけ?」
「だったらどうして、さっきから足を震わせているの?」
彼女はハッとした様子で、スカートで足を隠した。
「やめて。私を勝手に貴方の中で悲劇のヒロインにしないで」
「神様も嘘を吐くだなんて初めて知ったよ」
「嘘なんかじゃない! 神様は嘘なんか吐く必要ないもの!」
「ああ、そうだね」
「さっき君が下界でクリームあんみつを食べたいと言ったのも――決して嘘なんかじゃないよね」
幼い頃からずっと幽閉され、全てを奪われて生きてきた彼女はもはや己の意思を持っていないのではないかと……そう思い込んでいた。
しかし彼女の答えは――
「うん。私は心の底から消えたいと願っているよ」
僕の問いかけを予知していた様に、彼女は微笑みながら即答した。
「それはずっと昔、自分の力を知った時から決めていたこと。私は確かに貴方と歳は変わらないけど……でも考える時間だけは誰よりもあった。今の私は長い間考え抜いた末にここにいる」
そして、ラプラスは少し挑むような目で僕を見た。
「だから、貴方に余計な心配をされる筋合いはありません」
「どうしてそこまで……」
「貴方には永遠に分からないでしょう」
ラプラスは僕と己との距離を誇示するように背を向ける。
「どんな人間にも生まれつき使命がある。未来は最初から決まっていて、私の様な特別な人間を除けばそれを変えることは出来ない。その私ですら、結局は運命の糸に縛られている。――今夜、自殺する為にこのタワーへやって来た貴方も同様に、ね」
「…………」
「どうしたんです? 機械に繋がれた可哀そうな女の子を見て気が変わりましたか? 貴方の決意はその程度のもの?」
彼女は、白皙した細い指で左手の壁を指した。つられて振り返ると、そこには関係者入口と同じ型のドアが見える。
「もう充分ですよ。下界の人間と口喧嘩したのなんて十年ぶり。消えたい者同士……短い間だったけど、お話できて楽しかった。貴方の持っているスペアキーであのドアから電波塔部分外部に出られます。後は貴方の意思次第です」
ユグド・タワーの一番頂上へ行ける。
数分前の僕なら歓喜していただろう。
でも、なぜか僕の足は床に張り付いて離れてくれない。
「僕は今夜死ぬつもりだった」
迷った末、僕は背を向けたまま言った。
「知ってるよ。私は神様だもの」
「そうだ。僕は世界一高いタワーから飛び降りて自殺するつもりだった……だけど、死ぬ前にこの世界の『神様』に出会ってしまった」
僕は振り向いて、彼女の青い目を見つめる。
「僕は神様がもっと超常的で強大で、全知全能の存在だと信じて疑わなかった。だけど現実は……神様はただのか弱い女の子だった」
「それが今、貴方が躊躇っている理由?」
ラプラスは挑発にも臆することなく僕を見返しながら告げた。
「それとも、単にまた私と口喧嘩がしたいだけ?」
「だったらどうして、さっきから足を震わせているの?」
彼女はハッとした様子で、スカートで足を隠した。
「やめて。私を勝手に貴方の中で悲劇のヒロインにしないで」
「神様も嘘を吐くだなんて初めて知ったよ」
「嘘なんかじゃない! 神様は嘘なんか吐く必要ないもの!」
「ああ、そうだね」
「さっき君が下界でクリームあんみつを食べたいと言ったのも――決して嘘なんかじゃないよね」