消女ラプラス
僕はガラスのコップを掴むと、聖女の怪物目掛けて思いきり投げつけた。
コップは触手に当たり、一瞬にして粉々になる。
だが、怪物のリアクションは意外にも大きかった。
ゆっくりとこちらを振り返り、戸惑う様に触手をゆらゆらさせている。
僕は勇気を奮い起こして駆けだすと、椅子や机を蹴飛ばし素早く時雨さんに駆け寄ろうとする。
怪物は素早く反応し、触手の一本を僕に向けて突き出した。
破れかぶれで右に避けると、触手は僕の脇を掠めて後ろのテーブルを派手に貫いた。
またしても怪物が戸惑った様子でフード越しに透明な瞳で僕を見つめる。……もしかしてコイツ、あまり目が良くないのか?
僕は怪物が動きを止めている隙に時雨さんを抱きかかえると、怪物の横をすり抜けて走った。
またしても次々と触手が襲ってきた。だが運が味方したのか際どい所で当たらない。
そして遂に食堂の入口付近まで辿りついた時、割れた扉を蹴飛ばして体育教師の谷崎先生が飛び込んできた。
きっと聖女の怪物が起こした騒ぎを聞きついて駆けつけたのだろう。
「オイ! 何の騒ぎだお前ら! ケンカするなら外で――」
グサッ。
そしてそれが、あっけない彼の最後の言葉だった。
谷崎先生は正確に左胸を貫いた触手を見つめ、声もなく倒れる。
「先生!」
腕の中で時雨さんが叫んだが、僕は構わずその横を通り抜けて食堂から脱出する。
「時雨さん、計画は続行だ! ここから逃げるよ」
「放して下さい、助けを呼ばないと! このままだと大勢の生徒が死ぬ! 私は……大勢の人々を見殺しにしてまで生きたくありません!」
「あの怪物の狙いは時雨さんです。戻ったら確実に殺される」
「貴方には関係ないでしょう⁉」
叫びながら彼女は僕の顔を見上げ――そして目を見開いた。
「どうして……そんな顔をするの?」
隔離された空間で機械に繋がれていた、銀髪の少女。
「どうして……私の事を助けるの?」
クリームあんみつが食べたいと言った、碧眼の少女。
「どうして……貴方が泣いてるの?」
いっそのこと、ちゃんと消えたいと願った……消女。
「ふざ……けるな」
だからこそ許せなかった。
いくらいじめられていたとは言え、僕はこんなことなんか望んでいない。
自分が消えたいと思っているからって、他人の命まで疎かにしていいはずがない。
それくらい――分かっていると思っていたのに。
結局君は悪魔で、人の命なんて何とも思っていないの?
あの日僕に見せた涙は、自分が救われたいというただのエゴだったの?
相反する感情がごちゃ混ぜになって、反芻して――時雨さんを抱えて走る間、ずっと涙は止まらなかった。
コップは触手に当たり、一瞬にして粉々になる。
だが、怪物のリアクションは意外にも大きかった。
ゆっくりとこちらを振り返り、戸惑う様に触手をゆらゆらさせている。
僕は勇気を奮い起こして駆けだすと、椅子や机を蹴飛ばし素早く時雨さんに駆け寄ろうとする。
怪物は素早く反応し、触手の一本を僕に向けて突き出した。
破れかぶれで右に避けると、触手は僕の脇を掠めて後ろのテーブルを派手に貫いた。
またしても怪物が戸惑った様子でフード越しに透明な瞳で僕を見つめる。……もしかしてコイツ、あまり目が良くないのか?
僕は怪物が動きを止めている隙に時雨さんを抱きかかえると、怪物の横をすり抜けて走った。
またしても次々と触手が襲ってきた。だが運が味方したのか際どい所で当たらない。
そして遂に食堂の入口付近まで辿りついた時、割れた扉を蹴飛ばして体育教師の谷崎先生が飛び込んできた。
きっと聖女の怪物が起こした騒ぎを聞きついて駆けつけたのだろう。
「オイ! 何の騒ぎだお前ら! ケンカするなら外で――」
グサッ。
そしてそれが、あっけない彼の最後の言葉だった。
谷崎先生は正確に左胸を貫いた触手を見つめ、声もなく倒れる。
「先生!」
腕の中で時雨さんが叫んだが、僕は構わずその横を通り抜けて食堂から脱出する。
「時雨さん、計画は続行だ! ここから逃げるよ」
「放して下さい、助けを呼ばないと! このままだと大勢の生徒が死ぬ! 私は……大勢の人々を見殺しにしてまで生きたくありません!」
「あの怪物の狙いは時雨さんです。戻ったら確実に殺される」
「貴方には関係ないでしょう⁉」
叫びながら彼女は僕の顔を見上げ――そして目を見開いた。
「どうして……そんな顔をするの?」
隔離された空間で機械に繋がれていた、銀髪の少女。
「どうして……私の事を助けるの?」
クリームあんみつが食べたいと言った、碧眼の少女。
「どうして……貴方が泣いてるの?」
いっそのこと、ちゃんと消えたいと願った……消女。
「ふざ……けるな」
だからこそ許せなかった。
いくらいじめられていたとは言え、僕はこんなことなんか望んでいない。
自分が消えたいと思っているからって、他人の命まで疎かにしていいはずがない。
それくらい――分かっていると思っていたのに。
結局君は悪魔で、人の命なんて何とも思っていないの?
あの日僕に見せた涙は、自分が救われたいというただのエゴだったの?
相反する感情がごちゃ混ぜになって、反芻して――時雨さんを抱えて走る間、ずっと涙は止まらなかった。