消女ラプラス
カードキーが見つかり舞い上がる父さんに、後は一人で帰るからと告げて適当なフロアで降りた。
父さんのエレベーターが職場の階に止まるのを確認してから、再度エレベーターを呼んで最上階へ向かう。
考えてみれば、父親のカードキーを盗んだまま返さず持ち歩くだなんて非常識もいいところだ。
でも不思議と罪悪感は無かった。
両親は僕が『魔女』認定されてからというもの、極力僕と関わらないで生きていた。
仕事で忙しい、というのも僕と会いたくない口実だ。
だからカードキーを盗むことに躊躇いはなかったし、それを返して喜んでいる父さんを見ても何も感じなかった。
そう、今まで誰も僕のことなど見てくれなかった。
両親も、クラスメートも、時雨さんも。
あの少女以外は、誰も――
「また何か悩んでいる様だね。少年」
展望フロアでふと顔を上げると、以前ここで出会ったあの紫色のロングヘアの男が上から覗き込んでいた。
「……僕をここで待っていたんですか」
「驚かないのかい」
「『魔女』非対応の欠陥カリキュラムのせいで成績は悪いですが、僕はバカじゃありません。わざとスペアキーを目の前に落とされたり、公的ナビゲーションAIが立ち入り禁止エリアへの侵入を幇助したりしたら流石におかしいと気づきます」
「いい考察だね。なら、俺が国家反逆罪で君をここで拘束するとは思わなかったのかい?」
僕は男の濁った灰色の絵の具の様な瞳を見上げた。
「それなら最初から僕を試すような真似をしたり、彼女に会わせたりなんかしない」
「誰でも会わせてあげるわけじゃないよ。あの入口のクイズが解けなかったら君はとっくに死んでいたかも」
男の目が研ぎ澄まされた氷の様な殺気を放つ。
きっとこの男の言うことは事実だ。
少しでも隙を見せれば、毒蛇の様に首元に食らいつくに違いない。
「でも僕はそれを解いた。だから僕には資格がある」
「資格があるかどうか決めるのは俺だよ。君は第一関門をパスしたに過ぎない」
男はそう言って、先ほどの殺気が嘘のような気怠そうな仕草で前髪をかきあげた。
「失礼、紹介が遅れたね。俺の名前は五月雨終(さみだれ しゅう)。このタワーの統括者の一人だから、その気になれば君をどこにでも案内できる」
口調とは裏腹に、五月雨の目は冷気を帯びたままだった。
「まあ、まだ案内するとは言ってないけど」
その冷気を、僕は正面から受け止める。
あの銀髪の少女の瞳の暗さと冷たさに比べれば、この程度大したことなんてない。
「貴方は僕に用がある。僕は彼女に用がある」
「三角関係って奴だね。愛とは中々奥が深くて難しい」
「いいえ、簡単な話ですよ。その三人のうち誰か一人が覚悟を決めればいい。代償を払い対価を得る覚悟を」
僕は黙って、ポケットから五月雨のスペアキーを取り出して彼に返した。
これで僕は自分の意思でこのタワーの上層部分に出入りすることは出来ない。
僕を招き入れるも、そのまま僕を中に閉じ込めるもこの男の意のままだ。
もちろんその事実に気付かない彼ではない。
五月雨は少し驚いた様子で僕を見つめていたが、やがて白い歯を見せて笑うとカードをリーダーに通した。
「君は随分変わったよ。それも僕の予測を遥かに超えるスピードで。分かった、案内しよう」
そう言いながら、五月雨はさっきと打って変わって恍惚とした笑みを浮かべる。
「ああ、ますます君に興味が湧いてきたよ。――うっかり好きになってしまいそうな程に」
父さんのエレベーターが職場の階に止まるのを確認してから、再度エレベーターを呼んで最上階へ向かう。
考えてみれば、父親のカードキーを盗んだまま返さず持ち歩くだなんて非常識もいいところだ。
でも不思議と罪悪感は無かった。
両親は僕が『魔女』認定されてからというもの、極力僕と関わらないで生きていた。
仕事で忙しい、というのも僕と会いたくない口実だ。
だからカードキーを盗むことに躊躇いはなかったし、それを返して喜んでいる父さんを見ても何も感じなかった。
そう、今まで誰も僕のことなど見てくれなかった。
両親も、クラスメートも、時雨さんも。
あの少女以外は、誰も――
「また何か悩んでいる様だね。少年」
展望フロアでふと顔を上げると、以前ここで出会ったあの紫色のロングヘアの男が上から覗き込んでいた。
「……僕をここで待っていたんですか」
「驚かないのかい」
「『魔女』非対応の欠陥カリキュラムのせいで成績は悪いですが、僕はバカじゃありません。わざとスペアキーを目の前に落とされたり、公的ナビゲーションAIが立ち入り禁止エリアへの侵入を幇助したりしたら流石におかしいと気づきます」
「いい考察だね。なら、俺が国家反逆罪で君をここで拘束するとは思わなかったのかい?」
僕は男の濁った灰色の絵の具の様な瞳を見上げた。
「それなら最初から僕を試すような真似をしたり、彼女に会わせたりなんかしない」
「誰でも会わせてあげるわけじゃないよ。あの入口のクイズが解けなかったら君はとっくに死んでいたかも」
男の目が研ぎ澄まされた氷の様な殺気を放つ。
きっとこの男の言うことは事実だ。
少しでも隙を見せれば、毒蛇の様に首元に食らいつくに違いない。
「でも僕はそれを解いた。だから僕には資格がある」
「資格があるかどうか決めるのは俺だよ。君は第一関門をパスしたに過ぎない」
男はそう言って、先ほどの殺気が嘘のような気怠そうな仕草で前髪をかきあげた。
「失礼、紹介が遅れたね。俺の名前は五月雨終(さみだれ しゅう)。このタワーの統括者の一人だから、その気になれば君をどこにでも案内できる」
口調とは裏腹に、五月雨の目は冷気を帯びたままだった。
「まあ、まだ案内するとは言ってないけど」
その冷気を、僕は正面から受け止める。
あの銀髪の少女の瞳の暗さと冷たさに比べれば、この程度大したことなんてない。
「貴方は僕に用がある。僕は彼女に用がある」
「三角関係って奴だね。愛とは中々奥が深くて難しい」
「いいえ、簡単な話ですよ。その三人のうち誰か一人が覚悟を決めればいい。代償を払い対価を得る覚悟を」
僕は黙って、ポケットから五月雨のスペアキーを取り出して彼に返した。
これで僕は自分の意思でこのタワーの上層部分に出入りすることは出来ない。
僕を招き入れるも、そのまま僕を中に閉じ込めるもこの男の意のままだ。
もちろんその事実に気付かない彼ではない。
五月雨は少し驚いた様子で僕を見つめていたが、やがて白い歯を見せて笑うとカードをリーダーに通した。
「君は随分変わったよ。それも僕の予測を遥かに超えるスピードで。分かった、案内しよう」
そう言いながら、五月雨はさっきと打って変わって恍惚とした笑みを浮かべる。
「ああ、ますます君に興味が湧いてきたよ。――うっかり好きになってしまいそうな程に」