消女ラプラス
深い海底の様な青の中で、僕は目を覚ました。

中央の円柱ドームの中で妖しく浮かぶ時計のおかげで、すぐ夜中の一時だと分かった。

気が付くと僕の両手は左右に開かれ、床から突き出た大理石の十字架に縛られている。

白く輝くリングに手足を拘束され、全く身動きが出来ない。

「どうして僕は……ここに……?」



記憶を探ると、最後に五月雨に告げられた言葉が脳裏を過った。



『主人として君に命ずる。時雨鏡花を暗殺しろ』



そうだ……あの後のことは、頭に血が上ってしまってよく覚えていない。

確か五月雨と口論になって、それから有無を言わさず捕らえられて――

「思い出しましたか?」



顔を上げると、青く照らされた濃紺の中でラプラスが浮かび上がっていた。

僕は軽く頷いて顔を逸らす。

考えたくもない、吐き気を催すような最悪の状況。

そのせいか、ラプラスに向ける言葉もトゲトゲしいものになってしまう。

「その敬語口調はもうやめてよ。凄くよそよそしい感じがして気分が悪い」

「最初に言ったでしょう? 天使と悪魔は友達になれないって」

「なら僕は悪魔の子ってことでいい。どうせ巷では魔女扱いされてるんだ。だか
ら――」

「そんなこと言わないで!」



唐突な叫びに、僕は思わず彼女を見つめた。

「悪魔の子だなんて言わないで……悪魔の子は、私一人でいい……!」

「ラプラス……?」

「貴方は私が名付けたの……貴方だけは私の天使じゃなきゃいけないの……!」



要領を得ない言葉に戸惑う僕に、ラプラスは無理やり笑顔を作った。

「ごめんね。今一番辛いのは貴方なのに。分かった、もう敬語はやめるよ」



そんな彼女を見て、一つの疑問が沸き上がった。

「ねえ、一つ教えてくれない?」

「答えられることなら、何でも」



「どうして君はずっと僕を知らないフリをしていたの? 僕をずっと『視て』いたはずなのに」
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