消女ラプラス
「……え?」
絶句する僕の前で、五月雨は変わらぬ口調で告げる。
「聞こえなかったかい? 君は時雨鏡花を暗殺する為の戦闘訓練を受ける。これは決定事項だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 昨日から言ってるだろ、時雨さんは殺せない!」
反駁する僕の前で、五月雨が小首を傾げた。
「代償を払う、と言ったのは君のはずだけど」
「その為に他人の命が犠牲になるなら話は別だ」
「ラプに一日の自由を与える、という交換条件は? あれだけ彼女を期待させておいて、それすらも君は裏切るのかい?」
僕は一瞬言葉を詰まらせる。
ここで昨日の約束を反故にするということは、五月雨とラプラスの両方を裏切ることと同義だ。
僕は彼の目を忌々しく見つめる。
五月雨は僕に考える猶予を与える振りをして、最初から食事が終わると同時に決断を迫るつもりだったのだろう。
「そんなに難しく考える必要はないよ。どのみち時雨鏡花を見逃すつもりはないんだ」
そんな僕の葛藤を見透かして、五月雨は囁く。
「だけど始君が協力してくれるなら君の今後は保証するし、ラプにひと時の自由も与えてやる。彼女にとって一日の自由がどれほど大きなものか、それくらい想像がつくだろう?」
「…………」
「どうしたんだい? どこに迷う必要がある? 時雨鏡花はいずれ処分されるんだ。だったらまだ条件が有利なうちに君が葬ってあげるのが一番得策じゃないのかい?」
考えろ……この状況を打破するにはどうすればいい? 僕は必死に頭を働かせて目の前の策士を見据える。
五月雨の言うことは字面だけなら正論だ。時雨さんはどのみち処分される。処分……される……
僕は昨夜の自分自身の言葉を思い出し、目を見開いた。
「――違う……処分出来ないんだ……」
「どうしたんだい?」
疑問符を浮かべる五月雨を見上げて、僕は告げる。
「時雨さんは『天使』だ。その事実には気づいていたし、『システム』が彼女の体質のせいで処分に手間取っていることも分かっていた。でも、お前は更にその上の事実を隠している」
「その上、とは?」
「『天使』を殺せるのは『天使』だけ――そうなんだろ?」
五月雨はそれを聞いて、口の端を釣り上げて笑みを浮かべる。
「やはり君は俺が見込んだ通りの逸材だ」
「肯定、と捉えていいの?」
「否定しても信じないだろう? 現に『システム』は四回にわたって時雨鏡花の抹殺に失敗しているし」
「だからお前たちは僕にその役目を押し付けた。その方が手っ取り早いからじゃない……僕の力無しでは『システム』は時雨さんを殺せないんだ!」
僕が言い放った瞬間……目にも止まらぬ速さで五月雨が動き、僕の喉元にナイフを突きつけていた。
その顔はニッコリと笑っているが、灰色に濁った眼には吸い込まれそうな虚無が浮かんでいる。
「あまり調子に乗らないで欲しいな、少年。俺は君のことが好きなんだ。手荒な真似はしたくない」
口ではそう言いつつも、ここで言い返せば殺す、と彼の眼が語っていた。
「そもそも君は疑問に思わないのかい? 何故『天使』にしか『天使』を殺せないという法則を我々が知っているかということを」
「まさか……」
「そう、実証済みだからさ。過去に一度だけ、とある『天使』が抹殺対象となったことがある。その『天使』も今回と同様『システム』の力では排除出来ず、最終的に他の『天使』によって抹殺された」
「その時の『天使』がこの俺だ」
絶句する僕の前で、五月雨は変わらぬ口調で告げる。
「聞こえなかったかい? 君は時雨鏡花を暗殺する為の戦闘訓練を受ける。これは決定事項だ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 昨日から言ってるだろ、時雨さんは殺せない!」
反駁する僕の前で、五月雨が小首を傾げた。
「代償を払う、と言ったのは君のはずだけど」
「その為に他人の命が犠牲になるなら話は別だ」
「ラプに一日の自由を与える、という交換条件は? あれだけ彼女を期待させておいて、それすらも君は裏切るのかい?」
僕は一瞬言葉を詰まらせる。
ここで昨日の約束を反故にするということは、五月雨とラプラスの両方を裏切ることと同義だ。
僕は彼の目を忌々しく見つめる。
五月雨は僕に考える猶予を与える振りをして、最初から食事が終わると同時に決断を迫るつもりだったのだろう。
「そんなに難しく考える必要はないよ。どのみち時雨鏡花を見逃すつもりはないんだ」
そんな僕の葛藤を見透かして、五月雨は囁く。
「だけど始君が協力してくれるなら君の今後は保証するし、ラプにひと時の自由も与えてやる。彼女にとって一日の自由がどれほど大きなものか、それくらい想像がつくだろう?」
「…………」
「どうしたんだい? どこに迷う必要がある? 時雨鏡花はいずれ処分されるんだ。だったらまだ条件が有利なうちに君が葬ってあげるのが一番得策じゃないのかい?」
考えろ……この状況を打破するにはどうすればいい? 僕は必死に頭を働かせて目の前の策士を見据える。
五月雨の言うことは字面だけなら正論だ。時雨さんはどのみち処分される。処分……される……
僕は昨夜の自分自身の言葉を思い出し、目を見開いた。
「――違う……処分出来ないんだ……」
「どうしたんだい?」
疑問符を浮かべる五月雨を見上げて、僕は告げる。
「時雨さんは『天使』だ。その事実には気づいていたし、『システム』が彼女の体質のせいで処分に手間取っていることも分かっていた。でも、お前は更にその上の事実を隠している」
「その上、とは?」
「『天使』を殺せるのは『天使』だけ――そうなんだろ?」
五月雨はそれを聞いて、口の端を釣り上げて笑みを浮かべる。
「やはり君は俺が見込んだ通りの逸材だ」
「肯定、と捉えていいの?」
「否定しても信じないだろう? 現に『システム』は四回にわたって時雨鏡花の抹殺に失敗しているし」
「だからお前たちは僕にその役目を押し付けた。その方が手っ取り早いからじゃない……僕の力無しでは『システム』は時雨さんを殺せないんだ!」
僕が言い放った瞬間……目にも止まらぬ速さで五月雨が動き、僕の喉元にナイフを突きつけていた。
その顔はニッコリと笑っているが、灰色に濁った眼には吸い込まれそうな虚無が浮かんでいる。
「あまり調子に乗らないで欲しいな、少年。俺は君のことが好きなんだ。手荒な真似はしたくない」
口ではそう言いつつも、ここで言い返せば殺す、と彼の眼が語っていた。
「そもそも君は疑問に思わないのかい? 何故『天使』にしか『天使』を殺せないという法則を我々が知っているかということを」
「まさか……」
「そう、実証済みだからさ。過去に一度だけ、とある『天使』が抹殺対象となったことがある。その『天使』も今回と同様『システム』の力では排除出来ず、最終的に他の『天使』によって抹殺された」
「その時の『天使』がこの俺だ」