消女ラプラス
俺が声を低くすると、時雨代理はハッと口を噤む。
「時雨代理。気持ちは分かるが、その話は今回の答弁とは別件。ましてや根拠もなく告発する意味は理解してのことですかな?」
九重委員長が重々しく咎めると、時雨代理は俺を睨みつけたまま返答を絞り出した。
「いえ、今の発言は失言でした。答弁の妨げとなったことをお許し下され」
そうだ、それでいい。
これで邪魔な時雨氏を黙らせると同時に、自然な形で場の主導権を握った。
よく考えれば、最初に話の腰を折ったのは俺であることは分かるはずだ。
しかし、時雨代理が場を乱したせいで誰一人気付かない。
全く持って愚かな連中だ。こんな奴らに『神様』を任せなくてはいけない日本国民に憐みすら覚える。
「改めて五月雨代理に問う。なぜラプラスと確保していた『天使』を解放した? 二人は今どこにいる?」
九重代理が質問を増やしつつ単刀直入に切り出してくる。
これは平静を装ってはいるが焦りが生じている証拠だ。
実際、彼らは早く最重要人物二名を確保したくて仕方ないのだ。追い詰められているのは明らかに俺ではなく彼らの方だ。
「それを説明するには、夕立始を確保した理由から説明しなくてはなりません」
「五日前の報告書によれば、彼は強力な『天使』特性を有している為危険と判断し確保した……とあったが」
「ええ、ですがそれを判断したのは当然その時でありません。私はラプラスを通して数年に渡り夕立始を監視していました。そして彼の『因果率』の推移を観測した上でこう結論付けたのです――彼はラプラスの更なる力を引き出す『核』になり得ると」
「更なる力? お前の管理下では『ラプラス』の完全制御には不十分ということか?」
「確かに五年前私は『システム』直々に選出されて『代行者委員会』に加わり、ラプラスの管理を任されてきました。しかし残念ながら、そんな私すら彼女の力を百%引き出すには不十分だと考えています。だから私はずっと適合者を探し続け……そして遂に見つけた。彼なら間違いなく『ラプラス』を覚醒させられる」
議場内が騒めくのを満足気に見渡した。
ここで嘘を吐く必要はない。
俺が始に強く執着しているのは事実だし、委員会の連中に彼という存在を重要視させることが出来れば後の説得は簡単だ。
「お前はその少年が『システム』にとって有益な存在だと、本気でそう思っているわけだな?」
代理人の一人から声が上がり、俺は迷いなく答える。
「はい。だからこそ今回も審議にかける時間も惜しんで二人を解放した。理由は彼とある取引をしたからです」
「取引だと! 勝手な真似をした挙句あの『ラプラス』を使って独断で取引など……!」
時雨代理がまたしてもいきり立ったが、九重委員長の目配せで無理やり言葉を飲み込んだ。
あのジイサンたまには役に立つじゃないか。
「その取引の内容を話してもうおう、五月雨代理」
「夕立始を支配下に置く代わりに、ラプラスを一日だけ自由の身にすると持ち掛けました。彼は最終的にそれを受け入れましたが、その代わり我々を信用していない彼は明日にでもラプラスを解放するよう要求した。この場で外出許可を申請する間もなかったのはその為です」
「信じられないな……たった一日『ラプラス』を解放しただけでお前の支配下に入る? そんな都合のいい取引が成立するとは思えん」
そう難詰してきたのは、時雨氏程ではないが俺に対し反感を持つメンバーだ。
もちろん答えは用意してある。というより、こいつらの思考パターンなどラプラスでなくても予知できる自信がある。
「たった一日自由の身にするだけで? どうやら貴方は随分と『神様』を軽んじていらっしゃるようだ」
「時雨代理。気持ちは分かるが、その話は今回の答弁とは別件。ましてや根拠もなく告発する意味は理解してのことですかな?」
九重委員長が重々しく咎めると、時雨代理は俺を睨みつけたまま返答を絞り出した。
「いえ、今の発言は失言でした。答弁の妨げとなったことをお許し下され」
そうだ、それでいい。
これで邪魔な時雨氏を黙らせると同時に、自然な形で場の主導権を握った。
よく考えれば、最初に話の腰を折ったのは俺であることは分かるはずだ。
しかし、時雨代理が場を乱したせいで誰一人気付かない。
全く持って愚かな連中だ。こんな奴らに『神様』を任せなくてはいけない日本国民に憐みすら覚える。
「改めて五月雨代理に問う。なぜラプラスと確保していた『天使』を解放した? 二人は今どこにいる?」
九重代理が質問を増やしつつ単刀直入に切り出してくる。
これは平静を装ってはいるが焦りが生じている証拠だ。
実際、彼らは早く最重要人物二名を確保したくて仕方ないのだ。追い詰められているのは明らかに俺ではなく彼らの方だ。
「それを説明するには、夕立始を確保した理由から説明しなくてはなりません」
「五日前の報告書によれば、彼は強力な『天使』特性を有している為危険と判断し確保した……とあったが」
「ええ、ですがそれを判断したのは当然その時でありません。私はラプラスを通して数年に渡り夕立始を監視していました。そして彼の『因果率』の推移を観測した上でこう結論付けたのです――彼はラプラスの更なる力を引き出す『核』になり得ると」
「更なる力? お前の管理下では『ラプラス』の完全制御には不十分ということか?」
「確かに五年前私は『システム』直々に選出されて『代行者委員会』に加わり、ラプラスの管理を任されてきました。しかし残念ながら、そんな私すら彼女の力を百%引き出すには不十分だと考えています。だから私はずっと適合者を探し続け……そして遂に見つけた。彼なら間違いなく『ラプラス』を覚醒させられる」
議場内が騒めくのを満足気に見渡した。
ここで嘘を吐く必要はない。
俺が始に強く執着しているのは事実だし、委員会の連中に彼という存在を重要視させることが出来れば後の説得は簡単だ。
「お前はその少年が『システム』にとって有益な存在だと、本気でそう思っているわけだな?」
代理人の一人から声が上がり、俺は迷いなく答える。
「はい。だからこそ今回も審議にかける時間も惜しんで二人を解放した。理由は彼とある取引をしたからです」
「取引だと! 勝手な真似をした挙句あの『ラプラス』を使って独断で取引など……!」
時雨代理がまたしてもいきり立ったが、九重委員長の目配せで無理やり言葉を飲み込んだ。
あのジイサンたまには役に立つじゃないか。
「その取引の内容を話してもうおう、五月雨代理」
「夕立始を支配下に置く代わりに、ラプラスを一日だけ自由の身にすると持ち掛けました。彼は最終的にそれを受け入れましたが、その代わり我々を信用していない彼は明日にでもラプラスを解放するよう要求した。この場で外出許可を申請する間もなかったのはその為です」
「信じられないな……たった一日『ラプラス』を解放しただけでお前の支配下に入る? そんな都合のいい取引が成立するとは思えん」
そう難詰してきたのは、時雨氏程ではないが俺に対し反感を持つメンバーだ。
もちろん答えは用意してある。というより、こいつらの思考パターンなどラプラスでなくても予知できる自信がある。
「たった一日自由の身にするだけで? どうやら貴方は随分と『神様』を軽んじていらっしゃるようだ」