消女ラプラス
「それは……」
「先ほど『ラプラス』を使って独断取引をしたことに対して怒りを示した時雨氏も、今の発言は聞き逃せないのでは?」
ここであえて時雨氏をこちらから引き合いに出す。
彼は粗野だが頭は回る。こちらの意思を理解出来ないはずはない。
「――確かに『ラプラス』は本来、たった一日であろうと手放してはならない最重要機密。そんな存在の解放はその少年にとって大きな意味を持つだろう。夕立始が取引に応じたのもおかしなことではない」
「そういうことです」
俺にまたしても体よく利用され、他メンバーの異論を退けられ、時雨氏は腹が煮えくりかえる思いだろう。
沈黙を守っていた九重氏がここで一度手を叩き、全員の注目を集めた。
これ以上連中を論破し続けても意味はない。俺が顔を向けると、彼はこちらを見据えて告げた。
「もうよい。貴殿の言い分は分かった。そしてその様子だと二人の居場所も把握しておろう?」
俺は軽く笑みを浮かべただけで肯定した。
「分かった。ならば今日一日の二人の動向は貴殿に任せる」
「い、委員長⁉ 本気ですか⁉ 万が一ラプラスを失えば、我々が築き上げていたものが、いえこの国の経済が一瞬で崩壊するのですよ⁉」
抗議する議員たちを、彼は鋭い眼差しで黙らせる。
「あくまで今日一日の話だ。その後の五月雨代理の行動まで容認したわけではない」
「と、言いますと?」
俺の問いかけに、九重氏は弁論台から重々しくこちらを見下ろす。
「必要なのは弁明だ。貴殿は何故そこまで危険を冒して独断専行をするのか……そして今貴殿は『システム』にとってどんな存在なのか、それを弁明しなくてはならない」
「…………」
「貴殿は『システム』よって唯一委員会に選出された異例の存在だ。だからこそ我々は今まで貴殿の勝手な振る舞いを黙認してきた。だがここまで重大な事例が起こった以上、貴殿は自分自身を我々に説明する義務がある」
義務……か。
何一つ世界に貢献していない連中に諭される義理はなかったが、ここらで少し手の内を見せるのも悪くないだろう。
「委員長。仮に私が『システム』に、第一級データベース閲覧権限を与えられていたとしたらどうします?」
「な……!?」
俺の言葉を受けて、彼は思わず身を乗り出す。
「ありえん……一介の代理人が、委員長ですら与えられていない最重要データベースの閲覧資格を持つなど」
「さっき僕が単なる一介の代理人では無いとおっしゃったのは他ならぬ貴方ですよ?」
「…………」
円卓の間に走るどよめきが、俺には祝福の鐘に聞こえた。
不安、恐れ、嫉妬、憎しみ、怯懦……俺のたった一言で、この広間は色とりどりの感情に満ち溢れている。
この上ない恍惚がこみ上げそうになって、慌てて自分を押さえる。俺自身が感情に飲まれてしまっては元も子もない。
俺は両手を挙げて皆を鎮めると、静かに一石を投じる。
「ご存じの通り、俺は『システム』によって直接この『代行者委員会』構成員に選出された人間です。故に俺と『システム』には皆さんが知らないような特殊な関係性がある。いわば、俺は『神様』の真の下僕であり、使者なのです」
つまり要約すれば、自分のバックには、常に『神様』がついていると宣言したことになる。
だが恐れを植え付けるだけではだめだ。
より奴らを思い通りに動かしたいなら、額面だけであっても誠意を見せる必要がある。
「俺を信じて下さい」
そう言って、俺は胸元に手を当て頭を下げた。
「唯一『神様』と人間の橋渡しになれる俺だからこそ出来ることなんです。世界を変えたいと願う気持ちは皆さんと同じ。それはこの数年、組織における働きで示してきたはずです」
もはや、誰も異論を挟む者はいなかった。
「先ほど『ラプラス』を使って独断取引をしたことに対して怒りを示した時雨氏も、今の発言は聞き逃せないのでは?」
ここであえて時雨氏をこちらから引き合いに出す。
彼は粗野だが頭は回る。こちらの意思を理解出来ないはずはない。
「――確かに『ラプラス』は本来、たった一日であろうと手放してはならない最重要機密。そんな存在の解放はその少年にとって大きな意味を持つだろう。夕立始が取引に応じたのもおかしなことではない」
「そういうことです」
俺にまたしても体よく利用され、他メンバーの異論を退けられ、時雨氏は腹が煮えくりかえる思いだろう。
沈黙を守っていた九重氏がここで一度手を叩き、全員の注目を集めた。
これ以上連中を論破し続けても意味はない。俺が顔を向けると、彼はこちらを見据えて告げた。
「もうよい。貴殿の言い分は分かった。そしてその様子だと二人の居場所も把握しておろう?」
俺は軽く笑みを浮かべただけで肯定した。
「分かった。ならば今日一日の二人の動向は貴殿に任せる」
「い、委員長⁉ 本気ですか⁉ 万が一ラプラスを失えば、我々が築き上げていたものが、いえこの国の経済が一瞬で崩壊するのですよ⁉」
抗議する議員たちを、彼は鋭い眼差しで黙らせる。
「あくまで今日一日の話だ。その後の五月雨代理の行動まで容認したわけではない」
「と、言いますと?」
俺の問いかけに、九重氏は弁論台から重々しくこちらを見下ろす。
「必要なのは弁明だ。貴殿は何故そこまで危険を冒して独断専行をするのか……そして今貴殿は『システム』にとってどんな存在なのか、それを弁明しなくてはならない」
「…………」
「貴殿は『システム』よって唯一委員会に選出された異例の存在だ。だからこそ我々は今まで貴殿の勝手な振る舞いを黙認してきた。だがここまで重大な事例が起こった以上、貴殿は自分自身を我々に説明する義務がある」
義務……か。
何一つ世界に貢献していない連中に諭される義理はなかったが、ここらで少し手の内を見せるのも悪くないだろう。
「委員長。仮に私が『システム』に、第一級データベース閲覧権限を与えられていたとしたらどうします?」
「な……!?」
俺の言葉を受けて、彼は思わず身を乗り出す。
「ありえん……一介の代理人が、委員長ですら与えられていない最重要データベースの閲覧資格を持つなど」
「さっき僕が単なる一介の代理人では無いとおっしゃったのは他ならぬ貴方ですよ?」
「…………」
円卓の間に走るどよめきが、俺には祝福の鐘に聞こえた。
不安、恐れ、嫉妬、憎しみ、怯懦……俺のたった一言で、この広間は色とりどりの感情に満ち溢れている。
この上ない恍惚がこみ上げそうになって、慌てて自分を押さえる。俺自身が感情に飲まれてしまっては元も子もない。
俺は両手を挙げて皆を鎮めると、静かに一石を投じる。
「ご存じの通り、俺は『システム』によって直接この『代行者委員会』構成員に選出された人間です。故に俺と『システム』には皆さんが知らないような特殊な関係性がある。いわば、俺は『神様』の真の下僕であり、使者なのです」
つまり要約すれば、自分のバックには、常に『神様』がついていると宣言したことになる。
だが恐れを植え付けるだけではだめだ。
より奴らを思い通りに動かしたいなら、額面だけであっても誠意を見せる必要がある。
「俺を信じて下さい」
そう言って、俺は胸元に手を当て頭を下げた。
「唯一『神様』と人間の橋渡しになれる俺だからこそ出来ることなんです。世界を変えたいと願う気持ちは皆さんと同じ。それはこの数年、組織における働きで示してきたはずです」
もはや、誰も異論を挟む者はいなかった。