消女ラプラス
――しかしその一時間後。

僕は早くも、その理解しているつもりの『悪魔の力』のせいで絶体絶命の危機に瀕していた。

「始君! 早く何か武器を生成しないとやられちゃう!」



僕は五月雨が用意した黒い戦闘服に着替え、コンクリートの壁に囲まれた別室の訓練場で三体の歌姫の相手をしている。

「分かってるよ! でもさっきから指輪が反応しないんだ!」



五月雨は『指輪はその人のその時の心の形に呼応して発動する』と言った。

しかし必死に僕が何をイメージしても指輪は応えてくれない。

足掻いている間に歌姫たちは容赦なく迫り、僕は何も出来ずに壁際まで追い詰められてしまった。

彼女らは、美しい歌声を奏でつつ容赦なく触手で狙いを定めている。

「どうしたんだい始君。歌姫三匹程度で手こずるようでは時雨鏡花は暗殺出来ないぞ」



一方、五月雨はガラスに仕切られた隣のエリアから戦いを静観している。ラプラスも一緒だ。

そうこうしている内に、歌姫の一匹が触手を真っすぐに突き出してきた。

僕は破れかぶれで横に跳躍する。一応『ソロモン・リング』は機能しているのか、筋力増強効果で常人離れしたスピードで触手を逃れる。

「その歌姫は『ラプラス・システム』の制御下にある兵器だ。故に『天使』である君の動きを予測出来ない」



五月雨は腕組みをして涼しい顔で告げる。

「もし予測出来ていたら今の一撃は必ず当たっていた。それを君は自覚する必要がある」

「そんなこと分かってるよ!」



仮にも時雨さんと一緒に一度、大型の歌姫を撃退したのだ。奴らの特徴は把握している。

僕が尚もイメージを頭に浮かべようとする暇を与えず、次の歌姫が肉薄してきた。

触手を全て使い、マシンガンの様に高速で僕に突き立ててくる。

だが、『リング』で身体能力が補強された僕は反射神経も上昇している。

攻撃の隙間を見つけてそこに避けると、触手は僕を中心として円周上に次々と突き刺さった。

「今のも通用しないよ、始君。本来なら君は今頃ミンチになっているところだ」
五月雨が尚も冷徹な声で繰り返す。



僕も嫌という程分かっているということは理解しているはずなのに。

「五月雨」



その事実に気付いた僕は歌姫から距離を取り、ガラス越しに問いかける。

「何をそんなに焦っている? 僕の任務は時雨さんを殺すことだ。歌姫を倒すことじゃない」

「常に不測の事態に備えておく必要がある。特に『天使』が相手の場合は」

「説明になってないよ」

「いいか、俺は一度『天使』を殺した。だが彼女もまた一流の『指輪使い』だった故に一筋縄ではいかなかった。結果的に勝利はしたが、その時の俺は己の力量不足を恥じた」



五月雨は初めて忌々しそうな表情を浮かべた。



「分かるか? 『システム』の影響を受けない敵を相手にするということは、自分と同じ土俵の相手を倒さねばならないんだ。そこのプログラム通りにしか行動出来ない傀儡と戦うのとはわけが違う」
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