消女ラプラス
約束の時間になると、僕とラプラスは警備員に囲まれてユグド・タワーの最上階から連れ出された。
誰も客が乗っていないエレベーターで長い距離を降り、タワーの裏口から外へ出る。
五月雨も一緒に来ていて、長い髪を風になびかせながら外の陽光に顔をしかめた。
「久しぶりに下界に来たがやはりここは好きじゃないな。気温、天候、そして有象無象の下界人。不確定因子が多過ぎて不快でしかない。こんな掃き溜めに進んで降りたがるとは君たちは物好きだ」
「アンタの感想なんか聞いてない。さっさと行かせてよ」
五月雨はライプラリを取り出して時間を確認し、僕らに告げた。
「タイムリミットは十二時間後の二十時だ。時間と同時に警備員が自動的にお前たちを連行する。行動範囲は東京二十三区内ならどこでも構わない。もし警備員に抵抗したり、エリアの外に出た時点で君たちを拘束する。ラプはもちろん、始君も殺しはしないが一生日の光は浴びられなくなると思いたまえ」
「僕もここで一生お前のモルモットになる、ってことか」
「すでに君は『天使』として見出されてからモルモットみたいなものだ」
さらりと五月雨は棘のある口調で告げる。何だかあまり機嫌が良くなさそうだ。
「一緒に警備に来ないのか? 慎重なアンタらしくもない」
「この後『代行者委員会』の会議に出席せねばならない。馬鹿馬鹿しい唐変木どもを相手に時間を割くのは本意ではないが、これも俺の務めでね」
なるほど、不機嫌の原因はそれか。
それはともかく、五月雨がいないのはこちらにとって非常に好都合だ。
「質問がないのなら俺は行くぞ。せいぜいひと時の自由を楽しむんだな」
「言われなくてもそうするさ」
僕が答えると、五月雨はさっさと踵を返してタワーの中に消え、警備員たちもどこか見えない場所に立ち去り……ようやく二人きりになる。
「さて……じゃあ行こうか」
僕は威勢よく言い放ち、ラプラスに向き直る。
彼女はいつもの白いワンピース姿ではなく、青いシャツにピンクのカーディガンという女の子らしい格好だった。
一方の僕は家に帰る間もなかったので、五月雨にコーディネートしてもらっていた。
灰色のジーパンに黒のジャケットと彼の趣味丸出しの格好だったが、意外とセンスは悪くないので良しとしよう。
「どこか行きたい場所はある?」
それまで、下界の光景に圧倒されて終始無言だったラプラスが戸惑った口調で答える。
「うーんと……どこでもいいよ」
「どこでもいいって……」
そこで初めて、僕自身もこの『デート』がノープランだったことに気付く。
自慢じゃないが僕は当然デート経験などない。『魔女』のレッテルを張られた僕と付き合いたい異性など余程の物好きしかいないからだ。
それでも僕は、何とか恋愛に関する乏しい知識を総動員して考える。
そう言えば聞いたことがあった。
普通デートは男が主導するもので、女の子の『どこでもいいよ』は本当に『どこでもいい』という意味ではなく相手を試しているのだと。
つまり、僕はここでラプラスが喜ぶような最適解を見つけ出さなければならないのだ。
急に恋愛シュミレーションゲーム(ゲームではなく現実だが)と化した現状に僕は動揺する。最初はまずどこに行くべきなのだろう。
ラプラスがあんなに行きたがっていたあんみつパフェのあるカフェ? いや、あそこは一番最初に行く場所じゃない気がする。
じゃあ遊園地? 映画館? カラオケ? どれもこれもありきたり過ぎないか?
嵐の様に渦巻く脳内でデートの定番スポットが次々と浮かぶも、どれもしっくりこない。
くそ……こんなことなら少しはリサーチしておくべきだった――
「女の子の前で何をグダグダ悩んでるですか、ご主人様」
「うわっ!」
気づくと、手にしたライプラリの画面からメイがジト目で僕を見上げていた。
「お前、起動してないのにどうして……!」
「私がインカムの遠隔操作で起動したの。始君が悩んでいるから」
ラプラスがそう言って耳元をつつきながら少し悪戯っぽく笑った。
「そのインカムってそんなことが出来るの?」
「それだけじゃないよ。このインカムは私と『ラプラス・システム』のサーバーを繋ぐ役目を果たしてるの。これのおかげで私はサーバーの情報を元に予知が使えるし、オンラインにアクセスして色んなデータに干渉することも出来る」
そんなに大事な物だったなんて初めて知った。てっきり近未来っぽいデザインをしたアクセサリーくらいにしか思ってなかったのだ。
「それにしても……始君って本当に『こういうこと』に慣れてないんだね。ずっと『視て』いたから知ってはいたけど」
「ラプラス! 余計なことしないでよ、コイツはこう見えて凄い性悪でデリカシーがなくて……!」
僕が抗弁すると、すかさずメイが浮かれた口調で言う。
「あれれ~? せっかく悩める少年に恋愛アドバイスをしてあげようとしていた私に、そんなこと言っちゃっていいんですか~?」
ぐぬぬ……悔しさのあまり歯噛みするも、残念ながら返す言葉はなかった。
コイツには二度と頼らない、という決心を捻じ曲げてでもこのデートは必ず成功させなくては。
「……今まで色々言って悪かった。だから教えてくれ。ラプラスが最高の一日を送れるデートプランを」
「始君も、でしょ?」
ラプラスが銀髪をなびかせながら僕を覗き込む。
ドキッ、とまた不思議な鼓動を感じて僕が頷くと、メイが僕たちを見て微笑ましそうな表情を浮かべて言った。
「そうですねえ……まずは難しいことは考えずに、散歩でもしましょう」
誰も客が乗っていないエレベーターで長い距離を降り、タワーの裏口から外へ出る。
五月雨も一緒に来ていて、長い髪を風になびかせながら外の陽光に顔をしかめた。
「久しぶりに下界に来たがやはりここは好きじゃないな。気温、天候、そして有象無象の下界人。不確定因子が多過ぎて不快でしかない。こんな掃き溜めに進んで降りたがるとは君たちは物好きだ」
「アンタの感想なんか聞いてない。さっさと行かせてよ」
五月雨はライプラリを取り出して時間を確認し、僕らに告げた。
「タイムリミットは十二時間後の二十時だ。時間と同時に警備員が自動的にお前たちを連行する。行動範囲は東京二十三区内ならどこでも構わない。もし警備員に抵抗したり、エリアの外に出た時点で君たちを拘束する。ラプはもちろん、始君も殺しはしないが一生日の光は浴びられなくなると思いたまえ」
「僕もここで一生お前のモルモットになる、ってことか」
「すでに君は『天使』として見出されてからモルモットみたいなものだ」
さらりと五月雨は棘のある口調で告げる。何だかあまり機嫌が良くなさそうだ。
「一緒に警備に来ないのか? 慎重なアンタらしくもない」
「この後『代行者委員会』の会議に出席せねばならない。馬鹿馬鹿しい唐変木どもを相手に時間を割くのは本意ではないが、これも俺の務めでね」
なるほど、不機嫌の原因はそれか。
それはともかく、五月雨がいないのはこちらにとって非常に好都合だ。
「質問がないのなら俺は行くぞ。せいぜいひと時の自由を楽しむんだな」
「言われなくてもそうするさ」
僕が答えると、五月雨はさっさと踵を返してタワーの中に消え、警備員たちもどこか見えない場所に立ち去り……ようやく二人きりになる。
「さて……じゃあ行こうか」
僕は威勢よく言い放ち、ラプラスに向き直る。
彼女はいつもの白いワンピース姿ではなく、青いシャツにピンクのカーディガンという女の子らしい格好だった。
一方の僕は家に帰る間もなかったので、五月雨にコーディネートしてもらっていた。
灰色のジーパンに黒のジャケットと彼の趣味丸出しの格好だったが、意外とセンスは悪くないので良しとしよう。
「どこか行きたい場所はある?」
それまで、下界の光景に圧倒されて終始無言だったラプラスが戸惑った口調で答える。
「うーんと……どこでもいいよ」
「どこでもいいって……」
そこで初めて、僕自身もこの『デート』がノープランだったことに気付く。
自慢じゃないが僕は当然デート経験などない。『魔女』のレッテルを張られた僕と付き合いたい異性など余程の物好きしかいないからだ。
それでも僕は、何とか恋愛に関する乏しい知識を総動員して考える。
そう言えば聞いたことがあった。
普通デートは男が主導するもので、女の子の『どこでもいいよ』は本当に『どこでもいい』という意味ではなく相手を試しているのだと。
つまり、僕はここでラプラスが喜ぶような最適解を見つけ出さなければならないのだ。
急に恋愛シュミレーションゲーム(ゲームではなく現実だが)と化した現状に僕は動揺する。最初はまずどこに行くべきなのだろう。
ラプラスがあんなに行きたがっていたあんみつパフェのあるカフェ? いや、あそこは一番最初に行く場所じゃない気がする。
じゃあ遊園地? 映画館? カラオケ? どれもこれもありきたり過ぎないか?
嵐の様に渦巻く脳内でデートの定番スポットが次々と浮かぶも、どれもしっくりこない。
くそ……こんなことなら少しはリサーチしておくべきだった――
「女の子の前で何をグダグダ悩んでるですか、ご主人様」
「うわっ!」
気づくと、手にしたライプラリの画面からメイがジト目で僕を見上げていた。
「お前、起動してないのにどうして……!」
「私がインカムの遠隔操作で起動したの。始君が悩んでいるから」
ラプラスがそう言って耳元をつつきながら少し悪戯っぽく笑った。
「そのインカムってそんなことが出来るの?」
「それだけじゃないよ。このインカムは私と『ラプラス・システム』のサーバーを繋ぐ役目を果たしてるの。これのおかげで私はサーバーの情報を元に予知が使えるし、オンラインにアクセスして色んなデータに干渉することも出来る」
そんなに大事な物だったなんて初めて知った。てっきり近未来っぽいデザインをしたアクセサリーくらいにしか思ってなかったのだ。
「それにしても……始君って本当に『こういうこと』に慣れてないんだね。ずっと『視て』いたから知ってはいたけど」
「ラプラス! 余計なことしないでよ、コイツはこう見えて凄い性悪でデリカシーがなくて……!」
僕が抗弁すると、すかさずメイが浮かれた口調で言う。
「あれれ~? せっかく悩める少年に恋愛アドバイスをしてあげようとしていた私に、そんなこと言っちゃっていいんですか~?」
ぐぬぬ……悔しさのあまり歯噛みするも、残念ながら返す言葉はなかった。
コイツには二度と頼らない、という決心を捻じ曲げてでもこのデートは必ず成功させなくては。
「……今まで色々言って悪かった。だから教えてくれ。ラプラスが最高の一日を送れるデートプランを」
「始君も、でしょ?」
ラプラスが銀髪をなびかせながら僕を覗き込む。
ドキッ、とまた不思議な鼓動を感じて僕が頷くと、メイが僕たちを見て微笑ましそうな表情を浮かべて言った。
「そうですねえ……まずは難しいことは考えずに、散歩でもしましょう」