消女ラプラス
――出来ないことはなかった。
九時ジャスト。
一時間目の始めに、先生の『突然だが今から海外からの転校生を紹介する』という不自然なセリフを聞きながら僕は呆けた表情で座っていた。
「フランスから来ましたアリス・ミシェーレです。分からないことばかりですが今日一日、よろしくお願いします!」
緊張しながらも元気よく自己紹介したラプラスに『やっと転校生イベントキタ!』『可愛い……天使みたい……』『日本語凄く上手だね』などと、珍しい外国人転校生に向かってクラス中から賛辞の言葉が飛んでくる。
「ん? 今日一日?」
「あっ、何でもないです! みなさんこれからよろしくお願いします!」
先生は一瞬不審な表情を浮かべたが、すぐに教室全体を見渡し始めた。
僕は、今から担任が言うことを完璧に予想することが出来る。
なぜならそれが絶対的な『神様』の書いた台本なのだから。
「それじゃあ……夕立の隣が空いてるからそこに行ってくれ」
途端、クラス中から『えー、なんでアイツの隣なんだよ』『魔女の呪いが移らないか心配……』などと一斉に異論が飛んでくるが、彼女は軽やかな足取りでこちらに向かってくる。
そして僕の席の前に立つと、ごく普通の少女の様に告げる。
「今日からよろしくね! 始君!」
初対面の設定なのに下の名前で呼んできたラプラス改めアリスに、僕はため息を吐いた。
その後、『神様』の学校体験は滞りなく進んだ。
世界のあらゆる事象を知り尽くした彼女ならば当然のことだが、授業に関しても彼女は完璧だった。
先生に差されても卒なく答え、小テストでも満点を取った彼女は才色兼備の美少女転校生として半日で学校中の注目を集めた。
「……せっかく念願の学校で人気者になれたんだし、僕以外の生徒と食べた方がいいんじゃない?」
昼休み。
学生食堂の向かい側に座るラプラス(因みにメニューはうどんだ)に告げると、彼女は麺をすすりながら不思議そうな顔をした。
「どうして? それだとデートにならないよね?」
彼女は今、もちろん制服を着ている。
この学校指定の赤を基調とした白いラインの入ったブレザーだ。胸元の鮮やかな赤いリボンが、淡い彼女の顔によく映えている(インカムはもちろん外している)。
この制服もこの学校における『アリス・ミシェーレ』という架空の転校生像も、全て彼女が『システム』を利用しデータを改ざんして即席で手配したものだ。
あまり『システム』を乱用すると因果律に影響が出てしまうが、彼女曰く一日くらい架空の生徒が存在してもさほど問題はないという。
「あのね、ラプラス。学校はデートをする場所じゃないんだよ」
因みに今、僕を遠巻きに見ている生徒たちは『どうしてアリスさんが魔女なんかと⁉』と驚きを露わにしている。時雨さんと学食で会話をした時とほとんど同じ状況だ。
僕の指摘に対し、彼女は少し顔を赤らめる。
「そんなこと分かってるよ。でも、そもそもこの学校体験自体がデートの一部だって解釈すれば一緒にいていいってことにならない?」
「ならない」
僕はそっけなく言って、席を立った。
「ラプラス。偽名であったとしても、今の君はアリス・ミシェーレなんだ。本当に君の望む『体験』がしたいなら、僕と一緒にいるべきじゃない」
そう言って立ち去ろうとする僕の手を、ラプラスが掴んだ。
「待って。始君、学校に来てから何だかずっと不機嫌じゃない?」
「そんなことないよ。僕はただラプラスに普通の学園生活を送って欲しいだけ――」
僕は振り返ってそう言いかけ……彼女の真剣な目を見てため息を吐きながら入口の修理中のドアを指した。
「この前歌姫があそこを壊して入ってきて時雨さんを襲った。僕たちは逃げることしか出来なかった。そしてその歌姫は……その場にいた先生を一人殺した」
九時ジャスト。
一時間目の始めに、先生の『突然だが今から海外からの転校生を紹介する』という不自然なセリフを聞きながら僕は呆けた表情で座っていた。
「フランスから来ましたアリス・ミシェーレです。分からないことばかりですが今日一日、よろしくお願いします!」
緊張しながらも元気よく自己紹介したラプラスに『やっと転校生イベントキタ!』『可愛い……天使みたい……』『日本語凄く上手だね』などと、珍しい外国人転校生に向かってクラス中から賛辞の言葉が飛んでくる。
「ん? 今日一日?」
「あっ、何でもないです! みなさんこれからよろしくお願いします!」
先生は一瞬不審な表情を浮かべたが、すぐに教室全体を見渡し始めた。
僕は、今から担任が言うことを完璧に予想することが出来る。
なぜならそれが絶対的な『神様』の書いた台本なのだから。
「それじゃあ……夕立の隣が空いてるからそこに行ってくれ」
途端、クラス中から『えー、なんでアイツの隣なんだよ』『魔女の呪いが移らないか心配……』などと一斉に異論が飛んでくるが、彼女は軽やかな足取りでこちらに向かってくる。
そして僕の席の前に立つと、ごく普通の少女の様に告げる。
「今日からよろしくね! 始君!」
初対面の設定なのに下の名前で呼んできたラプラス改めアリスに、僕はため息を吐いた。
その後、『神様』の学校体験は滞りなく進んだ。
世界のあらゆる事象を知り尽くした彼女ならば当然のことだが、授業に関しても彼女は完璧だった。
先生に差されても卒なく答え、小テストでも満点を取った彼女は才色兼備の美少女転校生として半日で学校中の注目を集めた。
「……せっかく念願の学校で人気者になれたんだし、僕以外の生徒と食べた方がいいんじゃない?」
昼休み。
学生食堂の向かい側に座るラプラス(因みにメニューはうどんだ)に告げると、彼女は麺をすすりながら不思議そうな顔をした。
「どうして? それだとデートにならないよね?」
彼女は今、もちろん制服を着ている。
この学校指定の赤を基調とした白いラインの入ったブレザーだ。胸元の鮮やかな赤いリボンが、淡い彼女の顔によく映えている(インカムはもちろん外している)。
この制服もこの学校における『アリス・ミシェーレ』という架空の転校生像も、全て彼女が『システム』を利用しデータを改ざんして即席で手配したものだ。
あまり『システム』を乱用すると因果律に影響が出てしまうが、彼女曰く一日くらい架空の生徒が存在してもさほど問題はないという。
「あのね、ラプラス。学校はデートをする場所じゃないんだよ」
因みに今、僕を遠巻きに見ている生徒たちは『どうしてアリスさんが魔女なんかと⁉』と驚きを露わにしている。時雨さんと学食で会話をした時とほとんど同じ状況だ。
僕の指摘に対し、彼女は少し顔を赤らめる。
「そんなこと分かってるよ。でも、そもそもこの学校体験自体がデートの一部だって解釈すれば一緒にいていいってことにならない?」
「ならない」
僕はそっけなく言って、席を立った。
「ラプラス。偽名であったとしても、今の君はアリス・ミシェーレなんだ。本当に君の望む『体験』がしたいなら、僕と一緒にいるべきじゃない」
そう言って立ち去ろうとする僕の手を、ラプラスが掴んだ。
「待って。始君、学校に来てから何だかずっと不機嫌じゃない?」
「そんなことないよ。僕はただラプラスに普通の学園生活を送って欲しいだけ――」
僕は振り返ってそう言いかけ……彼女の真剣な目を見てため息を吐きながら入口の修理中のドアを指した。
「この前歌姫があそこを壊して入ってきて時雨さんを襲った。僕たちは逃げることしか出来なかった。そしてその歌姫は……その場にいた先生を一人殺した」