消女ラプラス
「………………」
ラプラスは黙って僕の話を聞いている。
「ようやく助けたその時雨さんもずっと学校に来ていないらしい。もちろん僕は『魔女』扱いされて生徒たちに遠ざけられたままだ」
「……ごめんね。私、浮かれるあまり始君の気持ちを何も考えてなかった」
殊勝に謝る彼女に、僕は問いかける。
「今は君は後悔をしているの?」
「うん。他にデート出来る場所なんていくらでもあったはずなのに、よりよって――」
「そうじゃなくて、あの時のことを」
「あの時? 時雨鏡花に歌姫を差し向けたこと?」
ラプラスは首を傾げて答えた。
「それは後悔してないよ。だってそれは世界にとって必要なことで――」
「やっぱり君は何も分かってないよッ!」
僕の叫び声に、周りの生徒達が驚いてこちらを見た。
「始君……」
「君には……一生分からないよ……!」
僕はそのまま学食から飛び出す。
感情的になっているのもあったが、人気者のラプラスを怒鳴りつけたとなればどのみちあの場にはいられなかっただろう。
僕はそのまま階段を駆け上がり、屋上に出ると誰もいないのを確認して隅っこの柵に背中を預けた。
途端、後悔の嵐が全身を襲う。
どうしてあんな風に怒鳴りつけてしまったんだろう。
今日は……今日は彼女にとって、下界での最後の一日になるかもしれないのに。
「あーあ……やっちゃいましたね」
どうやら、朝からずっと起動したままだったらしい。
ポケットからライプラリを取り出すと、メイが画面の端からジト目で僕を睨んでいた。
「せっかくの一日のきりのデートなのに喧嘩するなんて、恋愛運以前の問題ですよ。ご主人様は小学校から出直してくるべきだと思います」
「うん……本当にそう思うよ」
「珍しく弱気じゃないですか。いつもの威勢はどこに行ったんです?」
「これが本来の僕さ。ユグド・タワーで五月雨に論破された時だって一度挫けそうになった。そもそも、普通の高校一年生が突然国家レベルの問題に直面すること自体が無謀なんだ。疲れて当然だよ」
僕が力なく言うと、メイは僕をジッと見つめて問いかけた。
「果たしてそうでしょうか? ご主人様は傍から見ると、誰にでも出来ることしかやってないように見えますが」
「そ、そんなわけないだろ。僕が救おうとしているのは国を司る『神様』で、僕はただの『魔女』に過ぎなくて――」
「その『神様』をごく普通の女の子だ、と言い切ったのはどこの誰ですか?」
ハッとして、僕は画面を見つめる。
「苦しんでいるごく普通の女の子を助けることくらい、普通の男の子にも出来ます。ご主人様は彼女のことをどう思っているのですか? 生半可な気持ちで向き合っているのですか? それとも本当に助けたいのですか? それを自分に問いかけてみるべきだと私は思いますけどね」
言いたいことだけ早口で言い切った後、ライプラリの画面は切れて真っ暗になった。
もう、メイの言葉に反抗しようという気持ちはなかった。
背中を丸めて、僕は彼女について改めて考えてみる。
ラプラスは一度、死のうとしていた僕を救ってくれた。
その一方で、時雨さんを殺す為に僕の日常を破壊した。
ラプラスは僕の神様でもあり……そして悪魔でもあるのかもしれない。
そしてそんな彼女は、僕のことを『私だけの天使』と言った。
あれは一体どういう意味だったんだろう?
彼女の言う通り、神様を助けてくれる存在としての『天使』? それとも悪魔に仇なす者しての『天使』?
ダメだ……考えれば考える程にわけが分からなくなっていく。
ラプラスを本気であの牢獄から救いたい気持ちに変わりはない。
でもその一方で胸に以前の臆病な自分がこびりついて離れない。
この矛盾を抱えたまま、この先もずっと自分を保ち続けられるのか……ちょっと自信がなくなってきてしまう。
そんなことを考えているうちに瞼が重くなってきて、僕は微睡の淵に落ちていっ
た――
ラプラスは黙って僕の話を聞いている。
「ようやく助けたその時雨さんもずっと学校に来ていないらしい。もちろん僕は『魔女』扱いされて生徒たちに遠ざけられたままだ」
「……ごめんね。私、浮かれるあまり始君の気持ちを何も考えてなかった」
殊勝に謝る彼女に、僕は問いかける。
「今は君は後悔をしているの?」
「うん。他にデート出来る場所なんていくらでもあったはずなのに、よりよって――」
「そうじゃなくて、あの時のことを」
「あの時? 時雨鏡花に歌姫を差し向けたこと?」
ラプラスは首を傾げて答えた。
「それは後悔してないよ。だってそれは世界にとって必要なことで――」
「やっぱり君は何も分かってないよッ!」
僕の叫び声に、周りの生徒達が驚いてこちらを見た。
「始君……」
「君には……一生分からないよ……!」
僕はそのまま学食から飛び出す。
感情的になっているのもあったが、人気者のラプラスを怒鳴りつけたとなればどのみちあの場にはいられなかっただろう。
僕はそのまま階段を駆け上がり、屋上に出ると誰もいないのを確認して隅っこの柵に背中を預けた。
途端、後悔の嵐が全身を襲う。
どうしてあんな風に怒鳴りつけてしまったんだろう。
今日は……今日は彼女にとって、下界での最後の一日になるかもしれないのに。
「あーあ……やっちゃいましたね」
どうやら、朝からずっと起動したままだったらしい。
ポケットからライプラリを取り出すと、メイが画面の端からジト目で僕を睨んでいた。
「せっかくの一日のきりのデートなのに喧嘩するなんて、恋愛運以前の問題ですよ。ご主人様は小学校から出直してくるべきだと思います」
「うん……本当にそう思うよ」
「珍しく弱気じゃないですか。いつもの威勢はどこに行ったんです?」
「これが本来の僕さ。ユグド・タワーで五月雨に論破された時だって一度挫けそうになった。そもそも、普通の高校一年生が突然国家レベルの問題に直面すること自体が無謀なんだ。疲れて当然だよ」
僕が力なく言うと、メイは僕をジッと見つめて問いかけた。
「果たしてそうでしょうか? ご主人様は傍から見ると、誰にでも出来ることしかやってないように見えますが」
「そ、そんなわけないだろ。僕が救おうとしているのは国を司る『神様』で、僕はただの『魔女』に過ぎなくて――」
「その『神様』をごく普通の女の子だ、と言い切ったのはどこの誰ですか?」
ハッとして、僕は画面を見つめる。
「苦しんでいるごく普通の女の子を助けることくらい、普通の男の子にも出来ます。ご主人様は彼女のことをどう思っているのですか? 生半可な気持ちで向き合っているのですか? それとも本当に助けたいのですか? それを自分に問いかけてみるべきだと私は思いますけどね」
言いたいことだけ早口で言い切った後、ライプラリの画面は切れて真っ暗になった。
もう、メイの言葉に反抗しようという気持ちはなかった。
背中を丸めて、僕は彼女について改めて考えてみる。
ラプラスは一度、死のうとしていた僕を救ってくれた。
その一方で、時雨さんを殺す為に僕の日常を破壊した。
ラプラスは僕の神様でもあり……そして悪魔でもあるのかもしれない。
そしてそんな彼女は、僕のことを『私だけの天使』と言った。
あれは一体どういう意味だったんだろう?
彼女の言う通り、神様を助けてくれる存在としての『天使』? それとも悪魔に仇なす者しての『天使』?
ダメだ……考えれば考える程にわけが分からなくなっていく。
ラプラスを本気であの牢獄から救いたい気持ちに変わりはない。
でもその一方で胸に以前の臆病な自分がこびりついて離れない。
この矛盾を抱えたまま、この先もずっと自分を保ち続けられるのか……ちょっと自信がなくなってきてしまう。
そんなことを考えているうちに瞼が重くなってきて、僕は微睡の淵に落ちていっ
た――