消女ラプラス
第十二章 三つ巴の聖戦
「着弾確認……ターゲットに逃げられました」
時計塔から約二百メートル離れた、丘に隣接する小さな林にて。
アンチマテリアルライフルを構えて報告する配下に、私――時雨鏡花は激昂した。
「どうしてよ⁉ あいつら直前まで完全に油断していたじゃない⁉」
「分かりません! こちらが狙った瞬間突然二人とも走り出して回避されました!」
「最初から罠だったのね……!」
全てを悟り、私は青ざめる。
今朝彼から届いた一通のメールボックス。
私のアドレスは知らないはずだったけど、『神様』と繋がっているのなら調べるのは容易いでしょう……そう思いつつ開くと、そこには驚くべき内容が記されていた。
「夕立始です。突然だけど、今日『神殺し』を実行する手伝いをして欲しい。
十七時五十分からユグド・タワーのある麓の時計塔のベンチで『神様』と一緒にいます。
僕が会話をして気を逸らすから、二十時の鐘の音と同時に彼女を銃で暗殺して下さい。
『システム』が崩壊すれば僕も時雨さんも解放される。どうか僕を信じて行動して欲しい。
PS:彼女に正面からの攻撃は通じない。スナイパーライフルによる狙撃が望ましい」
最初はその冷徹かつ合理的な文章に偽物を疑ったけど、考えてみれば夕立始は最初からこんな男だったかもしれない。
私にイジメられて不登校になるという人間的な一面も持ちつつ、いざ大事な局面になると冷静沈着に最適解を模索する。
実際、このメールを私が無視する選択肢もあったけど『この機を逃さずに』という言葉がストップをかけた。
裏を返せばこの機会を逃せばもう『神殺し』を実行するチャンスはない、と……言外にそう告げている気がする。
彼が裏切る可能性ももちろん念頭にあったけど、『神様』を外に連れ出すにはそれなりのリスクを払っているはず。それに一応、彼は一度私を助けてくれた恩人でもある。
そんな総合的な打算から私は作戦を実行し……そして見事に裏切られた。
ラプラスだけが予知能力を発揮して単独で狙撃を回避したなら分かる。だけど二人とも逃げ出したのであれば、夕立始もグルであることは確定だ。
しかしそうなると疑問が残る。
もしラプラスだけ逃がして夕立君だけ逃げなければ、まだ私を信用させる余地があったはず。
それなのに最初から二人で逃走したということは、完全に私を裏切り敵対するという意思表示をしたことになる。
これは挑発と捉えるべきなのか、それとも更なる罠なのか……
考えるのよ鏡花。ここで選択を誤れば私の命が、いえ時雨財閥の将来が危機に晒される……!
「お嬢様!」
だけど、運命はそんな私に考える時間すら与えてはくれないみたいだった。
「『システム』側の警備員がこちらに向かって来ます! 射角から我々の居場所を特定された様です!」
「相手は武器を持ってる?」
「ハンドガンを一丁所持していますが、それ以外は見当たりません」
それを聞いて、私は覚悟を決めた。
大した武器を持っていない生身の敵が一人向かってくる。それは戦う為でなく、あくまで斥候の役割の証だ。
ということは既に『システム』に応援を要請してあるということになる。
「総員、すぐに撤退!」
私は振り返り、森の茂みに潜んでいるボディーガード達に向けて叫んだ。
「すぐにここは大量の歌姫が攻め寄せてくる! 包囲されない内に早く! それまで私が敵を引きつけます」
「引きつける……⁉ お嬢様、何を言っているか分かっているのですか⁉」
ボディーガードの一人が信じられないという表情を浮かべると――私は青白く輝くリングを取り出して彼らに見せつけた。
「私がただナイトに守られるだけのお姫様だと思ったら大間違いよ」
時計塔から約二百メートル離れた、丘に隣接する小さな林にて。
アンチマテリアルライフルを構えて報告する配下に、私――時雨鏡花は激昂した。
「どうしてよ⁉ あいつら直前まで完全に油断していたじゃない⁉」
「分かりません! こちらが狙った瞬間突然二人とも走り出して回避されました!」
「最初から罠だったのね……!」
全てを悟り、私は青ざめる。
今朝彼から届いた一通のメールボックス。
私のアドレスは知らないはずだったけど、『神様』と繋がっているのなら調べるのは容易いでしょう……そう思いつつ開くと、そこには驚くべき内容が記されていた。
「夕立始です。突然だけど、今日『神殺し』を実行する手伝いをして欲しい。
十七時五十分からユグド・タワーのある麓の時計塔のベンチで『神様』と一緒にいます。
僕が会話をして気を逸らすから、二十時の鐘の音と同時に彼女を銃で暗殺して下さい。
『システム』が崩壊すれば僕も時雨さんも解放される。どうか僕を信じて行動して欲しい。
PS:彼女に正面からの攻撃は通じない。スナイパーライフルによる狙撃が望ましい」
最初はその冷徹かつ合理的な文章に偽物を疑ったけど、考えてみれば夕立始は最初からこんな男だったかもしれない。
私にイジメられて不登校になるという人間的な一面も持ちつつ、いざ大事な局面になると冷静沈着に最適解を模索する。
実際、このメールを私が無視する選択肢もあったけど『この機を逃さずに』という言葉がストップをかけた。
裏を返せばこの機会を逃せばもう『神殺し』を実行するチャンスはない、と……言外にそう告げている気がする。
彼が裏切る可能性ももちろん念頭にあったけど、『神様』を外に連れ出すにはそれなりのリスクを払っているはず。それに一応、彼は一度私を助けてくれた恩人でもある。
そんな総合的な打算から私は作戦を実行し……そして見事に裏切られた。
ラプラスだけが予知能力を発揮して単独で狙撃を回避したなら分かる。だけど二人とも逃げ出したのであれば、夕立始もグルであることは確定だ。
しかしそうなると疑問が残る。
もしラプラスだけ逃がして夕立君だけ逃げなければ、まだ私を信用させる余地があったはず。
それなのに最初から二人で逃走したということは、完全に私を裏切り敵対するという意思表示をしたことになる。
これは挑発と捉えるべきなのか、それとも更なる罠なのか……
考えるのよ鏡花。ここで選択を誤れば私の命が、いえ時雨財閥の将来が危機に晒される……!
「お嬢様!」
だけど、運命はそんな私に考える時間すら与えてはくれないみたいだった。
「『システム』側の警備員がこちらに向かって来ます! 射角から我々の居場所を特定された様です!」
「相手は武器を持ってる?」
「ハンドガンを一丁所持していますが、それ以外は見当たりません」
それを聞いて、私は覚悟を決めた。
大した武器を持っていない生身の敵が一人向かってくる。それは戦う為でなく、あくまで斥候の役割の証だ。
ということは既に『システム』に応援を要請してあるということになる。
「総員、すぐに撤退!」
私は振り返り、森の茂みに潜んでいるボディーガード達に向けて叫んだ。
「すぐにここは大量の歌姫が攻め寄せてくる! 包囲されない内に早く! それまで私が敵を引きつけます」
「引きつける……⁉ お嬢様、何を言っているか分かっているのですか⁉」
ボディーガードの一人が信じられないという表情を浮かべると――私は青白く輝くリングを取り出して彼らに見せつけた。
「私がただナイトに守られるだけのお姫様だと思ったら大間違いよ」