消女ラプラス
「右からの回転切り! その後足元に来る!」



ラプラスの補助を受けながら、僕は何とか時雨さんと渡り合っていた。

運動神経が加速しているおかげで、何とかラプラスの指示通り反応出来る。持っているのは小さな棒に過ぎないが、素手で挑むよりは遥かにマシだ。

「小賢しいわね! 悪あがきはやめて早くラプラスを渡しなさい!」

「始君そこから離れてっ!」



間髪入れず、時雨さんが刃の反対側を地面に思いきり叩きつけた。

ラプラスの声は聞こえていたが間に合わず、僕は衝撃波で吹き飛ばされて地面を転がる。

その間に時雨さんがラプラスに雄たけびを上げながら肉薄した。

「観念しなさい! この秩序の皮を被った偽神がッ!」

「やめろ!」



僕は倒れたまま時雨さん目掛けてプラズマ棒を投げつけた。彼女は振り向き様にそれを切り捨てたが、ラプラスはその隙に僕の近くに素早く駆け寄る。

時雨さんを足止めしてラプラスを救うことは出来たが、おかげで武器は無くなってしまった。

「もう武器を生成する暇はあげないわよ」



彼女から感じられる熱量が更に増えた。今度こそ本気で仕留める気だ。

「左方向、大振り!」



時雨さんが鎌を振り上げて大振りの一撃を繰り出す。僕はラプラスを抱えるとその場で跳躍し、空中に床を生成して頭上を走り抜ける。

「時雨さん……もうやめてくれ! それ以上戦ったら君の命に関わる!」

「だったらさっさとそこの神様のツラをした悪魔に死ぬよう伝えることね!」



その時――時雨さんの鎌にビシッ、と亀裂が入った。

どうやら感情が高ぶるあまり、エネルギーを浪費し過ぎていた様だ。

彼女はチッ、と舌打ちすると鎌を放り投げて両手をこちらに向ける。

「でも始君、確かに貴方の言う通りよ。私はそろそろ限界みたいね……いいえ、貴方の言うことはいつだって正しかった。貴方はどこまでも純粋で、無欲で、人の為に尽くせる人間だから。そういう意味では、私は間違ったことをしているのかもしれない」

「だったらどうして……!」

「『神様』の実態を知ってしまった以上もう後には引けないのよ。この国は腐りきっている……『システム』を利用して危険因子を排除するなんて独裁政権と同義だわ。私はそんなものに加担しているお父上も『代行者委員会』も許せない!」



その叫びを聞いて、僕はラプラスの言葉を思い出す。



『予測によると時雨鏡花は十年後、『代行者委員会』の一員となり『システム』にとって脅威となる運動を始める』



そうか……あの言葉の意味はそういうことだったのか。

時雨さんが十年後、『代行者委員会』に入って『システム』の実態を知ればその存在に反発し抹消しようとするのだろう。

それの未来を予知した『ラプラス・システム』が、自己防衛の為時雨さんの排除を決定したのだとしたら全ての説明がつく。

『システム』の財閥の跡取りである時雨鏡花が、『代行者委員会』以外の道を歩む未来は有り得ない。それ故に、時雨鏡花にはもう死ぬという選択肢しか残されていない。

何て……悲しい運命なんだ。

「だからラプラスはここで抹殺するの。それが……国の中枢を担う時雨家の跡取りに生まれた、私の使命だから」



そう言って彼女は不意に、今にも泣き出しそうな笑顔で笑った。

「時雨さん」

その笑顔はあまりにも痛々しくて、僕は思わず彼女へ向かって手を差し出して――



「ごめんなさい――そしてありがとう。こんな私にちゃんと触れようとしてくれて」
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