消女ラプラス
勝負は一瞬で終わった。
「あ……あ……」
私の鎌が届くより遥か先に五月雨は一瞬で間合いを詰め、腹部をプラズマブレードで深々と貫いた。
彼が剣を引き抜いて私が倒れる。それはまるで最初から決まっていたことのように自然な動きで、流れる川の水のように自然な出来事だった。
その白い手から剣が消え、彼は無表情で私を見下ろした。
その濁った瞳には人間らしい感情は一切感じられない。きっと、ユグド・タワーから眼下の人間を見下ろす時もこんな目をしているのだろう。
血がドクドクと流れ出す感覚が、次第に冷たいせせらぎに変わっていく。
……そう、とても冷たい。まるであの男の目の様に……
……私はどこまでも深く沈んでいく……真っ暗な深海の奥底まで、深く、深く……
「改めて賛辞を贈ろう、翼をもがれた堕天使よ」
冷え切っていく私を見下ろして、彼が静かに告げる。
「秘密裏に夕立始と結託し、更に歌姫をハッキングして私の計画をここまで邪魔した堕天使は君が始めてだ。俺がかつて殺した『天使』ほどには強くなかったけどね」
「……って……呼ばないで……」
「うん? 何て言ったんだい?」
しゃがんで尋ねる彼に、私は儚い声で告げる。
「私を……堕天使って呼ばないで……」
「………………なぜ?」
「私は堕ちてなんかいない……私はどこまでも自由の為に戦った……だけど貴方は神の力を利用して……『天使』の立場を利用して……この世界を歪めている……」
「………………」
「……ねえ……答えてよ……」
「私と貴方……本当の『堕天使』は……一体どっちなのかしら……?」
私の話を、彼は黙って聞いていた。
それは、死にゆく者への最後の手向けのつもりなのかもしれない。
世界が、視界が、どんどん揺らいで狭まっていく。街灯の光が段々と消えて、夜の帳よりも深い暗闇に包み込まれていく。
これが死ぬっていうことなのかしら……だとしたらこれから私が行く先は天国?
それとも彼が言うように、堕天使の私はやっぱり地獄へ行くの?
暗い……冷たい……寂しい……
死の間際になって、私は初めて孤独という感情を感じた。
今まで孤高の存在として生きてきた。そのことに一度も疑問を感じたことはない。
だけど今なら分かる。
寂しいというのはきっとこの世で最も辛くて、悲しい感情なんだと……
――そんな私の冷え切った手を、誰かが握るのを感じた。
私が薄く目を開けると、一瞬そこには明るく微笑む始君の姿があった。
始君……こんな私に触れてくれるというの……? だったらお願い……もう二度とこの手を放さないで……
だけどもう一度瞬きをすると始君はいなくて、そして五月雨がなぜか私の手を握っていて――
体温の無い手で私の手を包みながら、彼は一言だけ置手紙の様に告げた。
「お前一人だと思うなよ」
表情の見えない彼の言葉に、私は瞬時に全てを理解して……そして微笑んだ。
五月雨は最後、孤独に震える私に寄り添ったわけではなかった。ただ厳しい言葉を投げつけただけだった。
それでもきっと、私は救われたのだと思う。
例え温かみが無くても、例え歪でも、不器用な誰かの感情に少しでも触れることが出来たのなら――
「こんな時だけ天使の真似事だなんて……フェアじゃないにも程があるわよ……」
そのまま、私はゆっくりと温かい暗闇の中へ消えた。
「あ……あ……」
私の鎌が届くより遥か先に五月雨は一瞬で間合いを詰め、腹部をプラズマブレードで深々と貫いた。
彼が剣を引き抜いて私が倒れる。それはまるで最初から決まっていたことのように自然な動きで、流れる川の水のように自然な出来事だった。
その白い手から剣が消え、彼は無表情で私を見下ろした。
その濁った瞳には人間らしい感情は一切感じられない。きっと、ユグド・タワーから眼下の人間を見下ろす時もこんな目をしているのだろう。
血がドクドクと流れ出す感覚が、次第に冷たいせせらぎに変わっていく。
……そう、とても冷たい。まるであの男の目の様に……
……私はどこまでも深く沈んでいく……真っ暗な深海の奥底まで、深く、深く……
「改めて賛辞を贈ろう、翼をもがれた堕天使よ」
冷え切っていく私を見下ろして、彼が静かに告げる。
「秘密裏に夕立始と結託し、更に歌姫をハッキングして私の計画をここまで邪魔した堕天使は君が始めてだ。俺がかつて殺した『天使』ほどには強くなかったけどね」
「……って……呼ばないで……」
「うん? 何て言ったんだい?」
しゃがんで尋ねる彼に、私は儚い声で告げる。
「私を……堕天使って呼ばないで……」
「………………なぜ?」
「私は堕ちてなんかいない……私はどこまでも自由の為に戦った……だけど貴方は神の力を利用して……『天使』の立場を利用して……この世界を歪めている……」
「………………」
「……ねえ……答えてよ……」
「私と貴方……本当の『堕天使』は……一体どっちなのかしら……?」
私の話を、彼は黙って聞いていた。
それは、死にゆく者への最後の手向けのつもりなのかもしれない。
世界が、視界が、どんどん揺らいで狭まっていく。街灯の光が段々と消えて、夜の帳よりも深い暗闇に包み込まれていく。
これが死ぬっていうことなのかしら……だとしたらこれから私が行く先は天国?
それとも彼が言うように、堕天使の私はやっぱり地獄へ行くの?
暗い……冷たい……寂しい……
死の間際になって、私は初めて孤独という感情を感じた。
今まで孤高の存在として生きてきた。そのことに一度も疑問を感じたことはない。
だけど今なら分かる。
寂しいというのはきっとこの世で最も辛くて、悲しい感情なんだと……
――そんな私の冷え切った手を、誰かが握るのを感じた。
私が薄く目を開けると、一瞬そこには明るく微笑む始君の姿があった。
始君……こんな私に触れてくれるというの……? だったらお願い……もう二度とこの手を放さないで……
だけどもう一度瞬きをすると始君はいなくて、そして五月雨がなぜか私の手を握っていて――
体温の無い手で私の手を包みながら、彼は一言だけ置手紙の様に告げた。
「お前一人だと思うなよ」
表情の見えない彼の言葉に、私は瞬時に全てを理解して……そして微笑んだ。
五月雨は最後、孤独に震える私に寄り添ったわけではなかった。ただ厳しい言葉を投げつけただけだった。
それでもきっと、私は救われたのだと思う。
例え温かみが無くても、例え歪でも、不器用な誰かの感情に少しでも触れることが出来たのなら――
「こんな時だけ天使の真似事だなんて……フェアじゃないにも程があるわよ……」
そのまま、私はゆっくりと温かい暗闇の中へ消えた。