消女ラプラス
すぐ隣で死神の声がした。

咄嗟に僕が顔を逸らすと、唸りを上げて刃が左耳を掠める。

血が噴き出した左耳を庇う間もなく五月雨は猛然と迫ってくる。早い、早すぎる。コンテナの頂上からここまで一秒もかかってないんじゃないか、ヤバい、やられる――

完全にパニックに陥った僕の刃が、奇跡的に五月雨の刃を受け止めた。

『ソロモン・リング』による運動神経強化とパニックによる大量のアドレナリン放出で、反応速度が飛躍的に上がったのだ。

しかしそれでも五月雨の動きは速すぎてブレて見える。こうなったら――

僕は両手に力を集中させると、地面に思いきり叩きつけて反動で飛び上がった。

スパーク攻撃と緊急回避という、攻防一体の無駄のない動きのはずだったが、

「ねえ始君。俺は『本気で』君を殺すと言ったよね?」



五月雨は完全に僕の動きを見切っていて、空中の僕に対して地上にいる時と変わらぬ目線で話しかける。

灰色に濁った眼の瞳孔は完全に見開かれ、その様はまさに狂戦士のそれだった。

「だけど君は『本気で』生きるつもりはあるのかい?」



唸りを上げてプラズマブレードが迫ってくる。一切の手加減はない、文字通り本気の一太刀だ。

これをこちらも刃で受け止めるのは無理だと瞬時に悟った。

そもそも僕は、プラズマブレードの生成には成功したけど剣術の心得など全くない。武術の達人に素手で挑むも同然だ。

だったらせめて、今まで何度も使った技の方が余程頼りになる。

僕は思い切ってブレードを捨てると、両手を前にかざして壁を作り出した。どうかこれで耐えてくれ――

すると、五月雨は突然空中で身を捻って体勢を変え――気が付いた時には、僕は腹部に蹴りを受けて猛烈な勢いで吹き飛ばされていた。

「うわあああああああ!」



あまりの速さに悲鳴を上げて工場を横切る僕は、コンテナの山の一つに激突して地面に叩きつけられた。

激痛に悶える間もなく、コンテナの山が傾いて一斉に崩落し始めた。このままではさっき僕が始末した歌姫と同じ運命を辿ることになる!



僕が破れかぶれでその場から逃げると同時にコンテナの山は崩れ、あたりは大量の誇りと鉄箱の海によって席巻された。
< 85 / 100 >

この作品をシェア

pagetop