消女ラプラス
不思議なことに、ラインエリアへ移動する間五月雨は攻撃を仕掛けて来なかった。

それがあまりにも不気味で、僕は再びプラズマブレードを生成したい衝動に駆られる。

だけど今は我慢だ。これ以上『リング』の力を酷使すれば体が持たないし、ブレードの光と音でこちらの位置が筒抜けになってしまう。

目的地に辿り着くと、僕が稼働させたレールは先程と変わらず動き続けていた。

機械の光と僅かな照明しかない暗がりの中、ゴウン、ゴウン……とレールが無機質に稼働する音だけが不気味に虚空を震わせる。

僕は通路を進みながら一列目のラインを調べ始めた。

ラインは約一メートル半間隔で区切られていて、流れてきた衣類が落とされるハンモックが吊るされている。丁度女の子が一人横たわれる大きさのハンモックだ。

数は全部で数百個……しかも、このどれかにラプラスが眠っているという保証があるわけではない。

二列目のラインのハンモックを全て確認したその時、突然目の前でそれが真っ二つになって倒れてきた。

「うわあああっ!」



僕は叫び声を上げて飛びのき、ブレードを作り出して構える。

だがそれっきり何も起こらない。相変わらず響き続けるレールの低い稼働音が、臆病な僕を嘲笑っている様に聞こえる。

「ご主人様、極力ブレードの使用は控えて下さい! 体内の活性酸素の値が限界値に近づいています! これ以上消耗すればご主人様は過労死しますよ」

「分かってるよ!」



イライラと叫び、ブレードを消滅させて次の列へ向かう。

ここまでくれば五月雨の狙いは嫌でも分かる。僕に延々とハンモックを調べさせ、奇襲で恐怖を植え付け、どこまでも精神的に追い詰めるつもりなのだ。

今なら分かる。彼が『本気で』僕を殺すと言った意味……それは僕を『肉体的にも精神的にも徹底的に殺す』という意味だった。

もしそうでなければ、僕は五月雨からの最初の一太刀で死んでいたはず。つまり五月雨は最初から僕をここに誘導する気だったのだ。

「ハァ……ハァ……!」

「ご主人様、大丈夫ですか⁉」

「大丈夫だ。今すぐ命を奪うつもりがないって分かれば……後は僕の心次第なんだ。どこまでも探し続けてやる……ラプラスを見つけ出すまで……!」



僕は重い足を引きずり、ハンモックに目を走らせ続ける。何回も、何回も、何回も……

突如天井から鉄骨が落ちてきて、僕は必死に飛びのいた。土煙と暗闇の中で立ち上がり、また僕は同じ作業を繰り返す。

また鉄骨が落ちてきた。今度は僕の逃げ場を塞ぐように二本。

思わずプラズマブレードを起動して防ぎたくなるがグッと堪え、鉄骨と鉄骨の間に身をよじって避ける。

少し肩を掠めたせいで血がドクドクと流れ出したが、僕は何事もなかったかのように再び鉄骨を土煙を越えて歩き出す。

待っていてね、ラプラス。



今そっちへ行くから……後もう少し……後もう少しで、君の元へ――
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