消女ラプラス
次の瞬間……突如として波が押し寄せ、あれほど燃え盛っていた炎を全て薙ぎ払った。

ブドウ畑も瞬時に消え去り、僕は流されまいとラプラスを抱えながら固く目を閉じて踏ん張る。

そして波が収まった時、目の前で先ほどと同じ声がした。

「もう目を開けて良いよ」



よく聞くとそれは聞き覚えがあって、ラプラスの声によく似ていた。

僕がゆっくり目を開けると、目の前には以前ラプラスが見せてくれた黄昏時の海が広がっていて――そして砂浜には、一人の女性が立っている。

ラプラスと同じ銀髪碧眼に青いリボンの付いたワンピース姿。

違う点があるとすればワンピースの色がライトグリーンなことと、ラプラスよりも七歳ほど成長しているところだろうか。

もはや間違いない。僕は彼女を前にして確信に満ちた声で言う。

「貴方がアリアさんですよね?」



すると、彼女はニッコリと人懐っこい笑みを浮かべた。

「始めまして、始君。私の事はアリアで構わないよ」



僕は抱えていたラプラスをゆっくり砂浜に下ろすと、未だに信じられない気持ちでアリアを見つめる。

「今、私を見て信じられない、と思ったでしょ?」



そう悪戯っぽくウインクするアリアは、どうやら姉妹と言えど大分性格が違うみたいだ。

「もうラプは大丈夫よ。ここは一度だけ私と来たことのある思い出の海だから。君もさっき見せてもらったよね?」

「うん。だけどそんなにラプラスにとってそんなに思い入れのある場所だとは思わなかった。貴方のおかげで助かったよ、ありがとう」



お礼を告げると、アリアは安らかに眠るラプラスを愛おしそうに見下ろした。

「私にはこのくらいのことしか出来ないから。私はね、『ラプラス・システム』の実験を通してこの子の記憶に刻まれた人格なの。それに……どんな形になっても、私はこの子のお姉ちゃんだから」



それから、アリアは少し恥ずかしそうな笑みを浮かべる。

「この姿は十八歳の時に研究所で採取されたものだけどね。もし今生きていたら二十三歳なの」

「じゃあ、アリアもラプラスの様に捕まって人体実験を受けていたの?」

「うん。あれは十三歳の時……私は大学に行く為に一人暮らしをしながら勉強をしていた。そんなある日に、ラプラスとほぼ同時期に捕まったわ。でもすぐに私には何の能力もないと分かって、用済みの烙印を押されて……そしてそこから私の妹を取り戻す為の戦いは始まった」



打ち寄せる波と夕日を背にして、アリアは拳を握りしめる。

「最初は口封じの為に始末されそうになったけど、私は必死に懇願して研究所の職員になった。もちろん内側から情報を探ってラプを助ける為に。でもラプの存在は最高機密に指定されていて、三年間必死に探してもどこの国にいるのかすら分からなかった。そして十六歳になった時私はある計画を知り――そしてその計画で貴方と出会った」

「僕と……出会った……⁉」



驚いてそう繰り返すと同時に、僕の脳裏にあの記憶が鮮明に蘇る。

『――忘れないで』

『例え忘れてしまっても、思い出して』



『だって貴方は――私に会いに来る為に生まれてきたのだから』



「あの記憶の女の子は……まさか……!」
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