消女ラプラス
僕は一瞬にしてあのタワーでの会話を反芻する。


「『天使』を殺せるのは『天使』だけ――そうなんだろ?」

「やはり君は俺が見込んだ通りの逸材だ」

「肯定、と捉えていいの?」

「否定しても信じないだろう? 現に『システム』は四回にわたって時雨鏡花の抹殺に失敗しているし」



ギリッ、と今度は思わず拳を握りしめる。

「まさか……否定とも肯定とも取れない会話で僕が勘違いする様誘導したのか。僕を油断させて、いざという時はいつでも歌姫無しで始末できるように!」

「俺はこう見えて凄く負けず嫌いだからね。何重にも保険をかけるのを忘れないのさ」



さらりと告げてから再び、視線を前に向ける。

「さて、そんなに悠長に俺とお喋りしてる場合かい? もちろん、ここから脱出したくないのなら話は別だけど」

「……どうしてそんなに僕たちを助けようとするんだ?」

「どうも何も、俺は契約を果たそうとしているだけだよ。忘れたのかい? 俺をもし倒せたら、ここから無事に逃がしてあげる、と」



その時、拡声器からまたしても声が鳴り響いた。

「そこの男、今の攻撃は明らかな敵対行為と見なす! 腕を頭の後ろに組んで膝をつけ、さもないと――」

「さもないとどうする? 委員会にでも言いつけるかい?」



気が付くと、彼は拡声器を持つ戦闘員の前に立っていた。

腹に拳を叩き込まれ、声もなく崩れ落ちた男を背にして、五月雨は『ソロモン・リング』を起動してプラズマブレードを構える。

「おい、あの男『指輪使い』だぞ!」

「しかしどこかで見たことがある様な……」

「だとしても『システム』の命に逆らう者は全て敵だ! 歌姫に迎撃させろ!」



四方八方から迫る歌姫の肉壁を前に、五月雨は不敵な笑みを浮かべる。

「ああ、今日は何て素敵な日なんだ。一日でこれほどのご馳走を食したら胃もたれを起こしてしまうよ」



すると突然、青い閃光らしきものが走り歌姫たちの間を駆け巡った。

閃光の通り道にいた歌姫の顔は残らず切り刻まれており、彼女たちは歌声を残して倒れていく。

「早く行け」



閃光は動きを止めると、青く光る背中を見せたまま僕たちに言い放つ。

「俺は今まで一度だってフェアだったことはない。今回も君たちが捕まるのを傍観していることだって出来た。でも最後の最後くらいは約束を果たしてみせるさ……時には気まぐれな『天使』よりも契約に忠実な『悪魔』になってみるのも悪くないからね」

僕は五月雨終という、ラプラスの元管理者であり五月さんとアリアの仇であり、僕にとって最大の敵であり――そして命の恩人である男を見つめてから、何も言わず背を向けた。

憎悪、怯懦、感謝……どんな感情も、今の彼に向けるには相応しくないと思ったのだ。

ただ、この男とはまたいつかどこかで戦うことになる――だから、今はその事実を胸にひたすら生き抜くことだけを考えよう。

「総員、一斉にかかれ!」



攻撃の合図と共に歌声と銃声と血しぶきの音が交じり合う中、僕はラプラスの手を取った。



「行こうラプラス」

「うん……分かった」
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