アラサー女子は甘い言葉に騙されたい




 「小さい頃、金継ぎまでして割れてしまったものを使おうとするなんて、おかしいなって思ってたんだ。けど、大好きだったおばあちゃんが亡くなってから、俺がおばあちゃんの愛用してた茶碗を割ったてしまったんだ。すごくショックだったよ。ずっと使って受け継いでいこうって思ってた。大切にしようってね。………けど、俺があまりにもショックを受けてたからか母親が金継ぎを頼んで直してくれたんだ。それを見てから、食器っていいなって思ったんだ」
 「そんな事があったんだね。素敵なきっかけ………」
 「ありがとう。自分で作れるようになって、ますますハマって。俺には取り柄なんて、陶芸しかないんだ。けど、これがしたいんだ」
 「うん」
 「作業に入ると夢中になってしまうこともあると思う。忙しいこともあるんだ。だけど、吹雪さんの事が1番大切だから。………大切にさせて欲しい」


 真剣な眼差しで夢を語る周を見て、誰が止める事が出来るだろうか。それに、吹雪は彼の食器が大好きなのだ。
 そして、出会ったきっかけでもある大切なものでもある。


 「私は周くんのファンでもあるんだから、応援してる」
 「吹雪さん………ありがとう。早く一人前になれるように頑張るよ」


 高級レストランでもないし、広いタワーマンションでもない。朝食だって、ホテルのスイートで景色を楽しみながら見ているわけでもない。
 小さな部屋で、手作りのおにぎりを2人で噛っている。その方が、吹雪は落ち着くし距離も近い。こばんも手作りの方が嬉しい。
 私たちにはそれがピッタリなのだ。
 こうやって、笑い合い幸せだと心から思えるのだから。


 「………って、もう時間がないわ!家に帰らなきゃ!」
 「あぁ、そうだよね」


 吹雪はいそいで残りのおにぎりを食べ終えると、玄関に向かった。


 「吹雪さん、いってらっしゃい」
 「うん。いってきます」


 そう別れの挨拶をして、どちらともなく唇を合わせる。
 これから2人で朝を迎えられる日が来るのだと思うと、吹雪はこれからの仕事さえも頑張れるなと思い、朝日の道を歩き始めた。




 
 
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