アラサー女子は甘い言葉に騙されたい
「やっぱり綺麗な色………周くんの作る食器はすごいね」
「ありがとう。……でも、吹雪さん、まだ箱にまだあるよ」
「え…………あ、もう1つある」
そこには、先ほどのものより少し大きめで、蒼色も濃いめの茶碗が入っていた。
「これって………」
「夫婦茶碗だよ」
「………夫婦………」
その言葉に吹雪は思わずドキッとしてしまう。恋人になったのならば、未来を想像してしまうもの。彼との少し先の事を考えないはずもなかった。
彼がくれた茶碗はお揃いで使おうと思って準備してくれたのはわかっている。けれど、その意味を考えてしまうのは恋人として仕方がない事だろう。
「試作品なんですけど、これを発売しようと思ってて。お揃いの食器でご飯食べたかったんだ!だから、吹雪さんも少しでいいからご飯食べましょう?」
「そうだね。じゃあ、準備するね」
付き合い始めたばかりなのだ。
そんなに早く結婚の話しが出るとは吹雪も思ってはいない。それに、彼はまだ学生で若い。それも理解している。
けれど、少しだけ残念に思ってしまったのは彼には内緒にしよう。そう思い、周から貰った茶碗を持ってキッチンに向かおうとする。
「待って!」
「うん?どうしたの?」
立ち上がろうとした吹雪を呼び止めたかと思うと、周は吹雪を正面から抱きしめた。
吹雪は驚き「ど、どうしたの?食器持ってるから危ないよ?」と返事すると、周はいつもの笑みではなく男らしい真剣な表情でこちらを向いていた。
「俺が社会人になったらプロポーズしますから。この茶碗は予約だから」
「周くん………」
「まだ、恋人かもしれないけど、早く俺のお嫁さんになって欲しいって思ってるから」
「………そんなの反則だよ………」
「あれ?吹雪さんは違うの?」
ニヤリとした表情で真っ赤になった吹雪の顔を覗き込む周。吹雪の気持ちなど、とうにお見通しなのだろう。少し悔しさを感じつつも、その気持ちを隠せるはずも、誤魔化すつもりもなく、吹雪は「同じだよ」と答えた。
「周くんと同じ。周くんが大好きだよ」
「よかった。俺も愛してる」
周は、吹雪の頬に優しく触れるとそのままキスを落とす。
今はこうやって部屋の中が、彼の作った青の陶器で溢れるのを楽しみにしていこう。
もう彼の甘い台詞などはいらないのだ。
素直な気持ちと彼の大切な陶器を、いつまでも大事にしていこう。
吹雪はそう思い、彼にもう一度キスを求めた。
(おしまい)