アラサー女子は甘い言葉に騙されたい
「吹雪さん………」
そう言うと、彼は吹雪の頬に触れ、そのまま手をゆっくりと首筋まで滑らせた。
ゾクリと甘い痺れを感じてしまう。そして、周はゆっくりと吹雪に顔を寄せる。彼の長い睫毛が揺れて、瞳が閉じていく。
それと同時に、彼の唇が吹雪の唇に触れた。
短く軽いキスだった。
けれど、吹雪にとっては、とても大切な行為。拒む事も出来たはずだった。
吹雪と周は恋人ではないのだから、逃げた方がよかったのかもしれない。それに彼は酔っている。普通に考えたのならば、拒むべきだったのだろう。
だけど、吹雪はそれを受け入れた。
少しでも彼に近づきたい。
彼のお客さんである女性よりも近い存在でいたいと思ってしまったのだ。
「周くん…………」
彼を呼ぶ声はとても小さく、少しだけ震えたものだった。けれど、周は少し顔を上げた後、吹雪の首元に顔を埋めてしまった。
くすぐったさを感じながら、彼の様子を見ていると、「すーすーっ」と静かな寝息が聞こえ始めた。
「………寝ちゃったの………?」
吹雪は苦笑した。
周が寝てしまった事に、少し残念に思いつつも安心もしてしまう。けれど、フッとあの甘い香りを感じ、吹雪は眉を下げる。そして、彼を起こさないようにゆっくりと彼から体を剥がし、ベットから出た。
彼に布団をかけてあげ、そのまま彼の寝顔を眺めた。
「ねぇ、周くん…………どうして、私の所に来てくれたの?………どうして、キスしたの?」
その問いかけに、周は答える事なく、安らかな寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている。
吹雪は中指で自分の唇に触れる。先ほど、彼にキスされたのが嘘のように思えるのだ。けれど、今でも彼の少し冷たくてざらついた唇の感触は忘れる事など出来るはずもなかった。
「周くんのバカ………」
そう言った後、吹雪は彼の髪にお返しとばなりに唇を落として、寝室の電気を消してその場から立ち去った。