クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「なら、全員友達だ」
「? それは素敵ですね」
「取り繕うのは難しくないだろ」

 夏久さんの表情が陰った気がした。
 私を見つめていた目がわずかにそれる。

「どんな相手でも当たり障りなく付き合うのは簡単だ。そういう表面上の付き合いしかしてこなかったから、俺にとって全員“知り合い”なのかもしれないな」
「誰にでも優しくできるっていいことだと思いますけど」
「優しいんじゃないよ。諦めてるだけだ」

 なにに、と聞こうとしたところで乗り物が止まった。
 楽しむつもりが、話に夢中になってしまった。

「お足元にお気を付けて! 出口はあちらです!」

 スタッフがコーヒーカップの出口を開いてくれた。
 先に夏久さんが降りて、私を振り返る。
 そして、なにも言わずに手を差し出してきた。

(優しいと思うけどな)

 その手を取って慎重に乗り物を降りる。

(こんなに気遣ってくれるんだから――)

 足を地面につけようとしたとき、肩にかけていたバッグが、くっ、と引っかかった。
 つんのめりそうになってぎゅっと夏久さんの手を握り締めてしまう。

(あぶな――)

 勢いを殺しきれず、そのまま腕の中に飛び込んでしまった。

「っと」

 ぽふ、と夏久さんが受け止めてくれる。
 そうなったと気付くまで一秒も経っていなかったのに、ぶわっと顔が熱くなった。
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