クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「ごっ、ごめんなさい」
「大丈夫か?」
「っ、はい」

 きゅうう、と胸がいっぱいになる。

(夏久さんの匂いがする)

 抱き締められたわけじゃない。
 だけど私はこの一瞬で、愛された夜を思い出してしまった。

(好きになってほしいって思うのは、今日でやめなきゃいけないのに)

 このまま腕の中にいたい気持ちを必死に押し殺し、慎重に夏久さんから離れる。

「気を付けてくれよ」
「すみません……。赤ちゃんになにかあったら大変ですもんね」
「……俺は君の話をしてるんだ」

(え……)

 そっと夏久さんが私の腰を抱く。
 アトラクションの出口へ向かうまでの間、また転んでしまわないよう、ずっとそうしてくれていた。

(さっきのってどういう意味?)

 次を求めて歩き出しながら、また手を繋ぐだけに落ち着いた夏久さんを盗み見る。

(私を心配してくれた……?)

 胸が痛くて苦しい。

(……これってちょっとひどいんじゃないかな)

 痛みが行き場をなくしてさまよっている。
 切なさと悲しさに、少しだけ憤りが混ざった。

(期待するなって言うくせに、期待したくなることばっかり。……なのに、嫌いになれない)

 言葉と行動がともなっていなくて、夏久さんの真意がわからなくなる。
 もしかしたらという願いが入り混じるせいで、余計に。
< 148 / 237 >

この作品をシェア

pagetop