クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「次は? どこに行きたい?」
「……観覧車はどうでしょう?」
「あれか……」

 今いるエリアからはそう遠くない、巨大な観覧車。
 それを見つめて夏久さんが苦い顔をした。

「ふたりきりになっても、気の利いた話はできないからな」
「別にいいです。今だって、ふたりだけなのに会話できていますし」
「たしかに? それもそうか」

 ふっと笑い声が聞こえて目を見張る。
 夏久さんが笑っていた。心惹かれたときと同じ、少し子供っぽい笑みで。
 それに動揺して、自分でも忘れたかった言葉を告げてしまう。

「デートじゃないんですから、気を遣わなくてもいいんですよ」

 そう言った瞬間、夏久さんの笑みがこわばった。

「君は……」
「観覧車も並びそうですよね。急ぎましょう!」

 わざと明るく言って夏久さんの手を引く。

「急ぐのはいいが、走ろうとしないでくれ」

 後ろから聞こえた声はそれまでと変わらない。
 どんな表情で言っているのかは確認しなかった。
 そうして歩きつつ急ぎつつで観覧車まで向かう。
 想像よりずっと人の数が少なかった。
 夏久さんも同じことを思ったのか、ぽつぽつと並ぶ人々を眺めて肩をすくめている。
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