クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
(あの夜を迎えなければよかった)

 初めてそう思ってしまった。
 思いたくなかったという方が正しいかもしれない。
 そんな自分に衝撃を受けて立ち止まる。
 夏久さんが追ってくる気配はなかった。

「っ……」

 顔を覆って溢れてくる涙を人の目から隠そうとする。
 追いかけてきてほしくないのに、追いかけてもらいたかった。

(もっと、ちゃんと考えるべきだった。自分のことじゃなくて、夏久さんのことを)

 他人を信じるのが嫌になるくらいの地位と財産。
 そんな人に婚約者がいるのは、至極当然のことだろう。
 そしてその相手は――百瀬さんは夏久さんの婚約者としてふさわしい人なのだ。

 美しい人だという以上にそれがつらい。
 限界があるとはいえ、きれいになる努力をすることはできる。
 でも、今から私がどこかの社長令嬢になることはできない。

 今に至るまで夏久さんは私をご両親に紹介してくれていないし、これからもそうしてくれる素振りはない。
 けれど、百瀬さんはそのどちらも経験してるのだろう。なにせ、婚約者である。
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