クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
 好きになってもらいたいという願いは傲慢だった。
 私のすることは、なにもかも他人に決められてきた夏久さんを解放すること。これ以上望んでいなかった結婚に縛り付け、私の願いを叶えさせることではない。

「離婚してください」

 振り絞るように言うと、夏久さんは目を丸くした。
 人の顔色があんなにわかりやすく変わるのを初めて見た気がする。

「だめだ」

 強く手を握られてまた期待しそうになった自分がいた。
 それは許されないのだと律し、そっと手をほどく。

「君のお腹には俺の子供がいるじゃないか」

 その言葉こそが、離婚の理由だと夏久さんはどこまでわかっているのだろう。
 この子がいなければとは一切思わない。
 でも、この子の存在が夏久さんを私に縛り付けている。

「そうですね。ここには夏久さんと私の子供がいます。――でも、それだけです」
「違う。それだけなんて言うな」
「もうあなたを縛り付けたくないんです」

 震える声で訴えると、夏久さんが息を呑んだ。

「束縛されて生きてきたって言ったじゃないですか。これからの人生を、今度は私に奪われるんですよ」
「奪われるなんて思ってない……!」
「私が思うんです!」

 生まれて初めて、人に対して大声を出したかもしれない。
 自分にとっても負担が大きかったのか、喉がひりついてむせた。
 夏久さんは怒鳴られた張本人だというのに、背中を撫でて落ち着かせようとしてくれる。
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