クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「……私、いつもずるかったんだよ。自分の思っていることを言わないで逃げてばっかりだった」
「そんなふうに思ったことはなかったな」
「夏久さんのこともそう。お父さんのところに逃げてきただけで、向き合おうとしてなかった」

(百瀬さんのこと、どうして教えてくれなかったのかを聞くべきだった。なんでもないならなんでもないで、納得するまで教えてもらわないといけなかったのに。聞けば夏久さんは教えてくれただろうから)

 こんなふうに自分自身の中で問題と向き合ったのは、この一か月で初めてだった。
 夏久さんのことは考えていたけれど、考えていただけで逃げ続けていた。
 それを理解すると急に視界がクリアになる。

「……嫌いだから帰ってきたわけじゃなかったんだな」
「そうだね。……好きだから帰ってきたんだと思う」
「だったら、話したいことを話してきなさい」

 寂しそうに笑った父が見たのは、母の遺影だった。

「大切な人と側にいられる時間は、意外とあっという間だからな」
「……うん」

 重みのある言葉に深く頷く。
 立ち上がろうとして思い直し、父をぎゅっと抱き締めた。
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