クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
 雪乃さんとの関係は、あの遊園地での一件を経て改善したはずだった。
 彼女を信じきれなかった分、これからはよい夫であり、よい父親になろうと思ったのに、なぜか少しずつ距離が開いていく。

 最初は妊娠によるホルモンバランスの乱れで精神的につらいからだろうと思った。
 実際、雪乃さん本人も自分の不安定さを前もって伝えてきていた。
 けれど、どうもそれだけではないという気がし始めてから、徐々に彼女の望んでいることや考えていることがわからなくなってしまった。

 ――隣に立つことを許される、立派な夫になりたい。
 理想は日々を重ねるごとに遠ざかって、薄氷の上を歩いているような危うさを感じるようになっていた。
 焦りも苛立ちも不安も、全部俺自身のもので誰かに向けるものではない。
 睨むように見つめてくる百瀬の目が、そんな心の内を読み取ったように弓なりにしなった。

「夏久くんのそういうところがちょっとね。だから良物件だろうとなんだろうと、絶対結婚したくないと思ったんだけど」
「だからなんなんだ、本当に」

 彼女は初めて会ったときから歯に衣着せぬ物言いをよくしていた。
 オブラートに包むという言葉を知らないのか、考えていることははっきり口に出す。
 婚約者だと紹介され、ふたりになった瞬間「どうすれば結婚を諦めてくれる?」といきなり言われたのを覚えている。
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