クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
(俺は……諦めてきたからな)

 資産家である一条の家から逃げたくても、後継ぎという立場がそれを許してくれなかった。
 家を出てからはなるべく実家のことを意識しないようにし、実際そのように振舞った。今更そうしたところでただの“夏久”を見るような人は現れない――と思っていたのに、出会ったのが雪乃さんである。

(実家に挨拶させないって言ったのも、今思えば最悪だな。……理由を話したいと思える状態じゃなかったとはいえ)

 両親には電話を一本入れただけ。百瀬に婚約破棄を告げたときと同じで、直接は伝えていない。
 ――俺は、両親を嫌っている。

(……親を説得できないような奴が、好きな人を取り戻せるわけないか)

 椅子から立ち上がり、ベッドに放り投げたジャケットを拾い上げる。
 自分から実家に帰ろうと思ったのは、家を出てから初めてのことだった。
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