クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
ゆっくりとまどろみから覚めて、ぼんやりと天井を見上げる。
ここは私の家じゃない。ひとり暮らしのあの家ですらない。
一晩泥のように眠ったのに倦怠感が残っていた。
心地よいぬくもりの主は夏久さんで、まるで宝物を守るように私をぎゅっと抱き締めたまま眠っている。
(すごく、素敵だった)
痛みや我慢とは無縁のとろけるような夜を思い出し、そして――ふっと現実に戻る。
(……私、なにを)
自分の身体を見下ろして、次に眠る夏久さんを見る。
どちらもなにも着ていない。当然のことだった。
頭では理解しているのに、私の中に植え付けられていた“常識”が騒ぎ出す。
(――なんてことをしたんだろう)
以前、友達と泊まりで旅行したいと父にねだったときがあった。
そのとき父が言ったのは「結婚前の娘が泊まりなんてとんでもない」ということ。ものすごい剣幕で怒られ、何度も何度も刻むように同じ言葉を言われた。
――結婚前の外泊なんて言語道断。危機管理能力のない愚か者がすることで、いずれ必ず取返しのつかないあやまちを引き起こす。
(違う……違うの、私……)
あやまちなどではなかった。
許されないことでも、罪深いことでもなかった。
そう思いたいのに、そう信じたいのに、自分のしでかしたことの概念が揺らぐ。
(夏久さんを好きだと思っただけ――)
夏久さんを起こさないようベッドを抜け出し、手早く服を身に着けてシャワーも浴びずに逃げ出す。
あんなにも心地よいと思った腕のぬくもりを、今は早く忘れなければならないと思った。