クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
「あ、あの、お帰りなさい」
「ああ、うん。ただいま」

 夏久さんは私を避けようとするけれど、無視だけはしない。
 ただいま、というたった一言をもらえただけでも嬉しくて、胸がいっぱいになる。

「ご飯……作ったんです」
「……だからいい匂いがするのか」
「シチューなんですが、お好きですか……?」
「まあ、好きか嫌いかで言うなら好きな方だと思う」

(最初に聞いておけばよかった)

 言ってから後悔する。出会った時間も過ごした時間も少ない私には、夏久さんの情報が少なすぎた。
 それでも、初めて妻らしくできたような気がして心が弾む。

「すぐ支度をしますね」
「いや、いい」

 リビングへ向かおうとした足が止まる。

「どういうつもりなんだ、料理なんて」
「どういうつもりって……」
「ご機嫌窺いのつもりなら、二度としなくていい」

 刺すように胸が痛む。

「私……そんなつもりじゃ……」
「君のお腹には俺の子供がいるんだ。下手に動き回って、また倒れられても困る」

 夏久さんが私の横を通り抜けて自分の部屋へ向かってしまう。
 なにも言えないまま、私の目の前でドアが閉じた。
 廊下で立ち尽くし、自分のお腹に触れる。

「……失敗しちゃったみたい」

 せめて食事くらいはともにしてくれるのだと期待を抱いていた。
 けれど、どうやら思っている以上に夏久さんは私を嫌っているらしい。

(ご飯がだめなら、あとはなにができるかな……)

 これがすべてではないと前向きに考えようとする。
 でも、リビングへ戻ろうと足を踏み出したはずみにほろりと涙がこぼれた。
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