クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
(本当に、馬鹿だ)

 自嘲気味に吐いた息はきっと向こうに聞こえていた。

『夏久――』

 なにか言いかけた母の声が途切れる。
 きっと、言葉をかけようとしたふりでしかない。

(伝えたくもなかったのに)

 言っても事態は悪化するだろうとわかっていながら、血が繋がっているという情が勝手に唇を開いてしまった。

「……俺、結婚したから」

 息を呑む音がした。
 言ってしまったと思うと同時に、やはり言うべきではなかったという思いがこみ上げる。

『そんな、どうして』

 ばたばたと慌ただしい足音が聞こえ、微かな衣擦れが耳をくすぐる。

(どうするかな)

 次に誰の声が聞こえてくるかはわかっていた。
 案の定、向こうからは「代われ」という声が聞こえてくる。

『夏久、どういうことだ』

 やはり父が出た。
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