クールな社長は懐妊妻への過保護な愛を貫きたい
そうしてやってきたのは、引っ越し前から気になっていたバーだった。
ひとり暮らしの家からは二駅で、近いと言えば近いし、遠いと言えば遠い。
公式ホームページは非常に簡素な作りで、店内と、提供しているオリジナルカクテルの写真が数枚程度。説明自体もそう多くはなく、いかにも謎めいていた。
“夜遊び”をするならぴったりじゃないかと、そんなほとんど情報もないホームページを今日まで何度も何度も見てきた。
店に入り、店内を見回す。
あまり広くはない。カウンター席がいくつかと、テーブル席が申し訳程度にある。そのテーブル席はどれもふたり用だった。
一杯二杯だけを気楽に頼む客も多いのだろう。椅子のない席も用意されている。
客の数は見える範囲だけで五人。これが多いか少ないかはわからないけれど、店内が小ぢんまりしているおかげか、寂しい印象はない。
店員はバーテンダーがふたり。父より少し若いくらいの渋めな男性はカウンターの奥から出てこず、同じくらいの年齢のはつらつとした女性は客の間をくるくるとよく動き回っていた。
橙色のライトは薄ぼんやりと暗い。それもまた雰囲気が出ていて、なんとも胸を騒がせた。
しばらく立ち尽くしてから、レストランのように案内されるわけではないのかと内心慌てる。
そそくさと緊張しながら、カウンターの端に腰を下ろした。
店内に流れているジャズが、ちょっとだけ私の心から緊張を取り払ってくれる。